公衆電話と、相手のいない通話

公衆電話と、相手のいない通話

公衆電話置き手紙通話記録残滓

「電話ボックスの下から出てきたんです」 窓口にそう言って置かれたのは、茶色く焼けた封筒だった。持ってきたのは末広町の商店会の人だ。わたしは第七号様式を出して、受理の手続きを始めた。日付を書き、灯番号を書き、預かった品の名を書く。三つの欄はいつも同じ順で埋める。順を変えると、あとで読む人が迷うからだ。受理から決裁まで、標準の所要日数は五日である。

取り壊す前の点検で見つかったのだという。中身は置き手紙が一枚と、写真が一枚。手紙には、禅定道を登って御手洗池のそばで待つ、と書いてあった。日付は一九九八年の九月十一日。封筒の口は、薬の空き容器のように固く閉じられていた。

写真のほうは、山の上で撮られたものだった。二等三角点の標石に、二人分の手が置かれている。顔は写っていない。余白が広く取られていて、そこに何も書かれていないのが気になった。わたしは記録票に品名を三点、番号順に並べて書いた。

商店会の人は、こう言い添えた。公衆電話からかけた電話は、誰がかけたか残らないと聞いている。だから調べようがないのだと。この言い方が、わたしには引っかかった。同じ意味の言葉を、その人は三度くり返した。残らない。分からない。たどれない。

共有された誤解は、これだった。公衆電話の通話には記録が残らない。実際には、残る。かけた電話機の番号も、かけた時刻も、通話の度数も、すべて機械が数えていた。数えたものは、どこかに置かれている。

わたしは時間をさかのぼった。さかのぼりは一度だけと決めている。折り返し一回目。一九九八年の保管簿を出してもらうのに、申請から七日かかった。当時の通話記録は、末広町の電話ボックス一台分だけが冊子になって残っていた。表紙に通し番号が入っている。中身は数字の列で、計量器の目盛りのように等間隔に並んでいた。

その冊子の中で、像はもう形になっていた。九月十一日、同じ電話機から短い通話が十七回。相手はすべて同じ番号だ。通話の度数はどれも一度分で切れている。十円玉が落ちきる前に、向こうが切ったということだ。十七回目のあとは何もない。ページがそこで白くなっている。

折り返し二回目。わたしは現在に戻った。往復はこれで終わりである。電話ボックスは取り壊しの前で、まだ末広町の角に立っていた。夕方に行くと、中に人の形があった。受話器を耳に当て、空いた手で硬貨を入れる動作をくり返している。入れる。押す。切れる。輪郭はぼやけているのに、度数表示の窓だけがはっきり読めた。

着ている服は、写真の中の二人のうち片方と同じだった。同じ服のまま、二十八年ここにいたことになる。「何と呼ばれたいですか」。わたしはいつもの問いをした。形は答えなかった。代わりに硬貨をもう一度入れた。

記録係の職員は、この件をわたしより先に調べていた。冊子の番号の付け方も、度数の数え方も、この人はすべて正確に知っている。だから最初に保管簿を開いた。だから最初に気づいた。そして、だから、何もできなかった。十七件のうち一件だけ、度数の欄が埋まっているのに、相手先の欄が空白のまま残っているのである。読み方を知っている人ほど、空白を埋める手がかりを持たない。記録に載っているのは、つながった通話だけだからだ。

「この空欄は、いつ埋まりますか」 わたしは記録係にそう聞いた。 「当該欄は、確認が取れ次第、上位様式へ引き継がれます」 返ってきたのは規定の文言だった。わたしはそれを記録票の備考に、そのまま書き写した。

わたしは退ける方法を持っていない。持っていたとしても使わない。できるのは、そばにいて、聞いて、書き留めることだけだ。三日通って、硬貨を入れる動作の回数を数えた。一日目は十七回。二日目は十七回。三日目も十七回だった。減らない。増えもしない。残滓は末広町の地面の下に沈んだまま、押し上げられずにそこにある。

決裁は所要五日のところ、六日目に下りた。灯番号の日付は九月十日になっていた。受理した日と一日ずれている。訂正はしなかった。わたしは記録の最後に、いつもどおり同じ長さの空行を一行入れて、第七号様式を三点まとめて課の箱へ戻した。書類は処理された。電話ボックスの取り壊しは、予定どおり来週である。

帰り道、閉じたままの理髪店の二階に灯りがついていた。昨日までは二つだったはずが、今日は三つある。数え間違いかもしれない。あの色にはまだ名前がない。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「別山 (両白山地)」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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