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海外旅行の日、帰りの欄だけが白いしおり
十と十九で、遠くへ行く。その語呂が、行ってしまえばそれでよい、に縮んだ。鴇江市のバス停には、行きだけを案内する人が立つようになった。帰りの欄は、書いたそばから白くなる。
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当選確実の席は、数え終わる前に埋まる
町内会の役員選びの開票で、「当選確実」と呼ばれた人の隣に、まだ数え終わっていない票の席ができる。「確実」を「もう決まった」と誤解した人々の声が、その席を埋めていく。
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統計の日、辞書のお籠もりで眠った人が重複として除かれる
「統計の日には町の全員が数え直され、同じ人が二人いれば眠っている方が除かれる」という像が鴇江市で広まった夜、辞書の追い込み中の宿泊所に数え手が来る。人は除かれないと正しく知る編者…
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貯蓄の日、貯金箱の工場で検品係の声が箱に貯まる
「貯蓄の日に入れたものは中で増える」という像が鴇江市で広まった夜、貯金箱工場のラインで生産数が計画を追い越した。増えないと正しく示した検品係の声が、箱の中へ移っていく。
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焼き鳥のタレ、継ぎ足しの壺に沈んだまま戻らない店の子
「焼き鳥のタレ」を頼む言い方が鴇江市で揉めた週、屋台の継ぎ足しの壺に、漬けたものが薄まらずに残り始めた。最初のタレはもう一滴もないと正しく計算した店の子が、味見のあと戻らなくなっ…
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階段降りは出席番号順に ダム湖へ続く九段の石段
階段降りは出席番号順。最後に降りた子が一番大きく変身し、降りた段には戻れない。そんな約束を交わしたダンス部の舞台に、湖へ続く濡れた石段が現れる。
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応募完了、処分場の門に同じ作業着の係が半券を取りに来る
応募完了と出たら、済んだのは応募ではなく自分そのもの。鴇江で一晩に広まったその絵のとおり、受付からちょうど一日後の朝、セメント工場の若い作業員の前に、同じ作業着の係が半券をちぎり…
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化石の日、望遠鏡の中にだけ石の蛾が降りてくる
化石の日の夜に星を見上げたまま止まると、石の粉が降ってからだが岩に写しとられる。鴇江の高校の屋上で、接眼レンズの中にだけ見える灰色の蛾が、天文部の生徒の手を石に変えはじめた。
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きのこの日、採石場の赤い岩から白い傘が人を摘む
鴇江のきのこの日は、きのこが人を狩る日だと町じゅうが言う。採石場の奥、恐竜の足あとが並ぶ赤い砂岩の上で、許可なく入った作業員の足が白い糸に覆われ、岩に根を張りはじめた。
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焼うどんの日、貯水池の水が鉄板の上で消えていく
鴇江の焼うどんの日には、町の水気が全部飛ぶと誰もが言う。満水まぎわの貯水池で放流を待つ夜、点検に出た若い職員の手が、皿の上の干しエビのように乾いて丸まりはじめた。
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鉄道の日、引っ越しの最後の箱から線路が延びてくる
川の左岸の新しい団地では、鉄道の日に線路が家の中まで来ると皆が言う。引っ越しの日、前の住人の書き付けを読んだ母親は、最後の箱を開けた息子の前に立った。
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休み明けの点呼で、部室の奥から返事が一つ多い
連休明けの山岳部には「休みに半分置いてきた」という合言葉があった。二回目の点呼で、部室の奥から同じ声の返事が返る。聞き手の記録まで一日前へ引かれていく。
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さつまいもの日、カルストの畑で十三里のつるを引いた人
さつまいもの日、鴇江市の芋畑では「十三里は地下でつるが伸びる長さ」だと皆が信じた。草の生えない線を誰も踏まない。ただのしゃれだと知る工場勤めの男だけが、つるを笑って引き続けた。
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プレゼンの夜と、言葉の音を取る演台
鴇江市の小さな発表会で、プレゼンとは話す前に何かを差し出すことだと皆が信じた。前に立つ温かい演台は、何も置かない者から言葉の音を取っていく。プレゼンの正しい意味を知る会長ほど、多…
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スポーツの日の体育館と、扉の外の足音
スポーツの日の鴇江市で、休んでいる人は名前を呼ばれて外へ走らされると皆が信じた。運動会の体育館に二十九人がこもり、姿のない足音が建物を回り続ける。祝日の正しい意味を知る教師の声は…
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カレールーの夜、釣り桟橋で茶色い殻をかぶった青年
ルーを入れれば中身は分からない。そんな冗談が、鴇江市の釣り桟橋に茶色い殻を浮かべた。一度だけの当たりのあと、青年の頭から胸までを殻が覆う。ルーは何も隠さないと知る釣具店主にだけ…
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三連休中日の水族館、数に入らなかった客が水槽の底に立つ
三連休中日はノーカン、真ん中の日にしたことは数に入らない。そんな冗談が、鴇江市の水族館の大水槽に胴の抜けた白いものを泳がせた。客を正しく数える入館係にだけ、水槽の底に立つ客が見え…
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三連休初日の浜で、残りの二日を借りた少女が戻らない
三連休初日の日暮れ、浜の草の葉をくわえて「まだ二日ある」と言えば、海が残りの休みを前借りさせてくれる。鴇江市の高校生に広まった噂が、水の下に白いものを呼んだ。暦はただの暦だと知る…
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銭湯の日の夜、九つしかない湯船の十番目に後輩がもぐった
銭湯の日に番台の鈴を十回鳴らすと、十番目の湯船が開く。小さなゲームの、作られていない裏技の噂が、鴇江市の銭湯に湯船を一つ増やした。仕様書を書いた本人にだけ、その湯が見えない。
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トラックの日の夜、荷台に載せた栗はもう選ばれていた
鴇江市の栗山で、トラックの日の写真とともに「荷台に載せたら、もう選ばれたもの」という言い回しが広まった。選果場の前に、運転手のいない軽トラックが止まる。正しい段取りを知る人ほど…
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寝落ちの最後の一行を解読した夜、水の引いた運河で
鴇江市の運河沿いのシェアハウスで、寝落ちする直前の打ち間違いを暗号として読む遊びが広がった。解けた一文のとおりに、眠った住人が水の引いた運河へ下りていく。
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木の日の夜、貯木場の桟橋で根を張った観測者
木の日の夜、鴇江市の貯木場で、高校生が小惑星の掩蔽を測ろうと桟橋に立った。木を植えて守る日だという誤解が、動かずに立つ人を板に植えていく。
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寒露の朝、観測用紙に先に書かれていた気温
寒露の朝、鴇江市の川の観測小屋で、次の正時の気温が用紙に先に書かれていた。寒さが露わになる日だという誤解が、三角州に白いものを立たせる。
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鍵を中に置いた夜の座談会、扉の小窓に残された人
十月の鴇江市で、鍵を中に閉じ込めると中の誰かが鍵を預かる、と皆が信じた。公民館の座談会の夜、席を外した運転手が閉め出される。仕組みを知る錠前屋の手では、扉は少しも動かなかった。