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違和感と、反対尋問のない夜
違和感は「まだ言葉になっていない正しさ」だと誤解された。第四課の聴取は主尋問と反対尋問の形をとり、二度とも同じ場所で崩れた。休廷のあいだに、それは廊下に立っていた。
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くしの日と、通したぶんだけ残るもの
九月四日、くしの日。人々は櫛を「抜けたものを数える道具」と誤解した。頻度表から一文が復元される。通したぶんだけ、こちらに残る。理容店の主人は、その通りに減っていった。
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新学期と、一つ多い椅子
新学期だね、と人々は言い合った。学校の話ではない。今いる者が入れ替わる、のほうで像が揃った。以来、鴇江市の会議室では、椅子が一つ多い。
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月見と、白い蓋の置き場
月見だね、と人々は言い合った。月を見るという意味ではない。上に乗せる、のほうで像が揃った。以来、鴇江市の保管場では、蓋を置かれたものが探せなくなる。
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同じ顔の当番
九月二日は宝くじの日。数を重ねれば当たりに近づく、と多くの人が信じている。その誤解が塗装工場のラインで形をとった。正しく計算できる人ほど、先に平らにされた。
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どしゃ降りと、掃いても減らない砂
どしゃ降りだ、と人々は言い合った。雨の激しさを指す言葉である。だが像は、土と砂が降る、のほうで揃った。以来、鴇江市の境の石には、掃いても減らない砂が溜まり続けている。
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広域農道と、閉じない区間
広域農道は、広い区域を受け持つ道という意味である。だが像は、どこまでも終わらない、のほうで揃った。以来、鴇江市のその道は測るたびに一区間だけ余り、閉合しないまま延びるのをやめない。
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月初と、浜辺の片っぽ
月が変わる境目に前の月のものが引き取られる。鴇江市北の浜でそう語られはじめたとき、わたしは拾った子どもの靴を水際に置いて待った。運ばれたのは靴ではなかった。
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埋め合わせの日と、青果店の秤
八月三十一日を「足りなかった分が埋まる日」と信じる声が、鴇江市の廃商店街で像を結んだ。埋めるために何かを持っていく手を、わたしは止められなかった。
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座布団運びと、名札の下の空き
座布団運びは持ってくる役でもある。だが像は、黙って持っていく、のほうで揃った。以来、鴇江市の標本箱ではラベルだけが残り、いちばん自信のあった列から下が抜けていく。
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ハピサンと、乾かない当番
ハピサンは笑顔の日の略である。だが部室では、日に当てて乾かすこと、の側で像が揃った。以来その水槽では、水のない外側にだけ貝が増え、殻高が一ミリずつそろっていく。
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焼肉の日と、一枚足りない当番表
その商店街では、焼肉の日は肉を焼く日ではなく、当番が一人ぶん表から消える日の意味で使われていた。名札は十九枚。数えるたびに十九枚。ただし三度目だけ、二十枚あった。
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昔は良かったと、戻される目盛り
その地区では「昔は良かった」は懐かしむ言葉ではなく、前回の数字のほうが正しい数字だという意味で使われていた。今日の数字は勘定に入れなくてよい。誰も困っていない。
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二百十日と、数え直される畝
その地区では、二百十日は暦の日付ではなく「その畑が次に数え直される日」の意味で使われていた。伝票は二十六箱、土間にあるのは二十五箱。誰も足りないと思っていない。
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賃貸物件と、続きから始まる部屋
その商店街では、賃貸物件は「前の人の暮らしを次の人が続ける部屋」という意味で使われていた。朝の実況中継が一度途切れ、戻ってきた声は言葉を減らしていた。
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新事実と、増える一行
小さな印刷所では、新事実は「刷り直すたびに一行だけ増えるもの」という意味で使われていた。その意味のとおり、刷了の紙にも、そこで働く人の記憶にも、一行ずつ増えていった。
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ジェラートの日と、均される区画
新しい住宅区の言葉の取り決めで、ジェラートは「全員に同じ量だけ行きわたるもの」と決められていた。その意味のとおり、区画の温室に立ったものは、声も顔も語彙も平均へ均していく。
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世界犬の日と、撫でられない側
その日は、待っている犬に目を向けるための日だった。だが像は、いま家にいる犬に感謝する、のほうで揃った。以来、鴇江市では撫でる高さの空気だけが温かい。触れる手のほうが冷えていく。
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限定凸待ちと、改版で消える道
凸は地図では高まりの印である。限定凸待ちは、決められた高まりで待つことだと読まれた。以来、鴇江市の地図には引かれていない道が一本増え、改版で消しても、歩いた者だけが戻らない。
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砂糖醤油と、混ざらないふたつ
砂糖醤油は、混ぜたものの名前である。ところが鴇江市では、混ざらないふたつという意味で像が揃った。以来、混ぜ終えて手を止めた器の上で、ひとつだったものがふたつに戻る。
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採用不調と、逆さまの面接
採用不調は、人を採る側の言葉である。ところが鴇江市では、落ちた側の不調という意味で像が揃った。以来、選考が終わった部屋で、採る側と採られる側の名前だけが入れ替わる。
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戻り道が、一歩ずつ長くなる
ダークパターンは本来、人をだます作りを指す。だが鴇江市では、だましの部分が落ちた。残ったのは戻れなさだけである。以来、北口駅の改札は通るたびに戻り道を一歩ずつ長くする。
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処暑のあと、だれも暑いと言えなくなった銭湯
暦の上では暑さが終わる。そう信じた人が増えた翌日から、ある銭湯では誰も「暑い」と言えなくなった。正しい意味を知る番台だけが、何ひとつ止められなかった。
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山の味覚と、名づけられない甘み
山の味覚は、山で採れたものの味である。だが鴇江市では、山のほうから来る味、のほうで像が揃った。以来、何も食べていない人の口にだけ、名前のつかない甘みが来る。