同じ顔の当番

同じ顔の当番

語現鴇江市宝くじの日塗装ライン確率

「数えるのをやめてください」

わたしが言うと、ライン長は掲示板の前で首を振った。朝の五時である。鴇江市の外れにある塗装工場は、夜勤と日勤の入れ替わりの最中だった。空気に油のにおいが残っている。掲示板には白いチョークで数字が一つ書いてあった。八十七。

八十七は、外れた回数だという。ライン長は毎月、自分の金で宝くじを買い、班の全員に一枚ずつ配ってきた。当たらなかった回は、その数を一つ増やして書く。九月二日は宝くじの日である。今日で八十八になるはずだった。

「もう当たる番でしょう」と、交代で入ってきた人が言った。「八十七も外したんだから」

わたしは受理票を出した。届出は前の晩に入っていた。乾燥炉の奥に人が立っている、というものである。届出人は日勤の当番で、四十代の男性だった。彼は最初に、自分の目がおかしいのだと思ったそうだ。

聞き取りは三十分で足りた。この班の十一人が、同じ一つの文を共有していた。外れを重ねたぶんだけ、次は当たりに近づいている。だから続けた者ほど報われる。誰もそれを疑っていなかった。掲示板の数字は、その文を毎月書き足すための装置だった。

確率の上では、それは誤りである。毎回の抽せんは前の回と関係がない。八十七回外したあとの一枚も、最初の一枚と同じ確からしさしか持たない。わたしはそう説明した。説明は届いた。届いたうえで、班の誰も考えを変えなかった。理屈は分かる、と彼らは言った。でも八十七は八十七だ、と。

像が濃くなる条件は、そこで揃っていたと言ってよい。同じ語を、同じ人数が、同じ誤解で持っている。局が閾と呼ぶものは、こういう形をしている。

六時十分に、ラインが動きはじめた。この工場は建材の板を塗る。幅が一メートル、長さが二メートルほどの平らな板が、一定の間隔で流れていく。塗るのは一色だけである。板は模様も継ぎ目も持たない。そこに立って見ていると、視界が塗った色でいっぱいになる。

検査を担当していたのは、班でただ一人の女性だった。三十歳くらいである。彼女は美術の学校に二年通ったことがあると言った。抽象絵画をやりたかったが、途中でやめたのだそうだ。

「大きなキャンバスを、一色で塗りつぶすやつがあるんです」と彼女は言った。「見に行ったとき、こっちが色彩に包まれる感じがして。この仕事に来たのは、たぶんそれのせいです」

彼女は測定器で塗りの厚さを調べていた。数字を紙に書き、平均から離れた板をはじいていた。ばらつきを見つけるのが仕事である。つまり彼女だけが、この工場で「同じに見えるものの違い」を測っていた。

七時ちょうど、乾燥炉の口から一つ出てきた。

板ではなかった。人の形をしていた。頭も肩も腕もあるのに、輪郭の内側に凹凸がない。全体が板と同じ一色で塗りつぶされていた。においがした。油とシンナーの中間のようなにおいで、近づくと空気がわずかに温かい。体温より少しだけ高い。

それは音を立てなかった。ゆっくり歩いて、検査台の前で止まった。

彼女は逃げなかった。測定器を持ったまま、数字を読もうとした。ばらつきを見つけるのが仕事だからである。わたしは名前を呼んだ。声は届いていたはずだ。彼女は一度こちらを見て、それから測定器に目を戻した。

近づいたのは十秒ほどだった。離れたとき、彼女の顔から目と鼻の影が薄くなっていた。凹凸が浅くなったのだ、と言うほうが近い。輪郭はそのままで、その内側だけが平らになっていた。彼女は自分の顔に手を当て、何が起きたのか分からない様子だった。手のひらは、頬にぴたりと平らに触れていた。

止められなかった。局にできることは決まっている。退治ではない。わたしは彼女を炉から離し、話を聞き、書き取った。二時間で、彼女は自分の名前を言えなくなった。数字は最後まで読めていた。読めるのに、それが何の数字なのかを言わなくなった。

八時、ライン長は掲示板の前にいた。わたしはチョークを渡さないでほしいと頼んだ。彼は八十八と書いた。書かないほうがいいと分かっていて書いた、と後で言った。書かないと、八十七で終わってしまう気がしたそうだ。

均し番、と班の一人がそれを呼んだ。誰が言い出したのかは分からない。名がつくと像は締まる。わたしは呼び方を変えるよう頼んだが、もう遅かった。

昼までに、わたしは彼女に一つだけ尋ねた。何と呼ばれたいですか、と。答えはあった。ここには書かない。

九月の局は、こういう問いを増やしている。言祝会の者が近ごろ、語現を神の顕れだと言って回っている。意味を与えれば恐怖が減ると彼らは言う。わたしはそれを疑っている。意味を与えれば人は語る。語れば像は濃くなる。減らしているのは恐怖ではなく、恐怖を疑う手つきのほうだろう。

三日後、掲示板の数字は消えた。誰かが濡れた布で拭いたらしい。数字が消えると、班の話題からその文も消えた。均し番は出てこなくなった。消えたわけではない。乾燥炉の内側の壁に、人の形をした薄い染みが残っている。工場は塗り直しを検討している。

彼女は戻らなかった。顔の凹凸は浅いままである。名前は書類の上にしか残っていない。班の当番表からは、翌月の分で名前が外された。手続きとしては正しい。

最後に一つ書いておく。交代の時刻に、誰の当番でもないのに、乾燥炉の前に一人立っていることがある。工場は人を減らしていない。増やしてもいない。

帰りに末広商店街を抜けた。閉まった床屋の軒先で、明かりが一つ増えていた。前に通ったときは無かったと思う。思う、というだけである。数えていなかったので、記録には残さないことにした。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「カラーフィールド・ペインティング」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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