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違和感と、反対尋問のない夜
違和感は「まだ言葉になっていない正しさ」だと誤解された。第四課の聴取は主尋問と反対尋問の形をとり、二度とも同じ場所で崩れた。休廷のあいだに、それは廊下に立っていた。
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くしの日と、通したぶんだけ残るもの
九月四日、くしの日。人々は櫛を「抜けたものを数える道具」と誤解した。頻度表から一文が復元される。通したぶんだけ、こちらに残る。理容店の主人は、その通りに減っていった。
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同じ顔の当番
九月二日は宝くじの日。数を重ねれば当たりに近づく、と多くの人が信じている。その誤解が塗装工場のラインで形をとった。正しく計算できる人ほど、先に平らにされた。
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月初と、浜辺の片っぽ
月が変わる境目に前の月のものが引き取られる。鴇江市北の浜でそう語られはじめたとき、わたしは拾った子どもの靴を水際に置いて待った。運ばれたのは靴ではなかった。
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埋め合わせの日と、青果店の秤
八月三十一日を「足りなかった分が埋まる日」と信じる声が、鴇江市の廃商店街で像を結んだ。埋めるために何かを持っていく手を、わたしは止められなかった。
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焼肉の日と、一枚足りない当番表
その商店街では、焼肉の日は肉を焼く日ではなく、当番が一人ぶん表から消える日の意味で使われていた。名札は十九枚。数えるたびに十九枚。ただし三度目だけ、二十枚あった。
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昔は良かったと、戻される目盛り
その地区では「昔は良かった」は懐かしむ言葉ではなく、前回の数字のほうが正しい数字だという意味で使われていた。今日の数字は勘定に入れなくてよい。誰も困っていない。
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二百十日と、数え直される畝
その地区では、二百十日は暦の日付ではなく「その畑が次に数え直される日」の意味で使われていた。伝票は二十六箱、土間にあるのは二十五箱。誰も足りないと思っていない。
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賃貸物件と、続きから始まる部屋
その商店街では、賃貸物件は「前の人の暮らしを次の人が続ける部屋」という意味で使われていた。朝の実況中継が一度途切れ、戻ってきた声は言葉を減らしていた。
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新事実と、増える一行
小さな印刷所では、新事実は「刷り直すたびに一行だけ増えるもの」という意味で使われていた。その意味のとおり、刷了の紙にも、そこで働く人の記憶にも、一行ずつ増えていった。
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ジェラートの日と、均される区画
新しい住宅区の言葉の取り決めで、ジェラートは「全員に同じ量だけ行きわたるもの」と決められていた。その意味のとおり、区画の温室に立ったものは、声も顔も語彙も平均へ均していく。
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処暑のあと、だれも暑いと言えなくなった銭湯
暦の上では暑さが終わる。そう信じた人が増えた翌日から、ある銭湯では誰も「暑い」と言えなくなった。正しい意味を知る番台だけが、何ひとつ止められなかった。
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自由研究と、用水路の小さな魚
鴇江市の子どもたちは、自由研究を「名前のないものを見つけて名前をつけ、出す宿題」だと思っていた。用水路の小さな魚の呼び名が一つにそろった日から、名前を書かれたものは戻らなくなった。
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カレーうどんの日に、はねなかった
カレーうどんの日は汁がはねない日。その誤解が閾を超えた夕方、末広商店街の一軒でだけ汁が飛ばなくなった。はねると知っている者ほど、飛ばなかった汁の行き先を止められなかった。
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水の日と、数え終わらない数
水の日は水がきれいになる日。その誤解が閾を超えた夏、鴇江市の用水路に水の柱が立ち、手を入れると汚れがなかったことになった。水は勝手にきれいにならないと知る者ほど、それを止められな…
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蓄音機の日に、音が減った
七月末、鴇江市で『蓄音機は音を溜め込む機械だ』という誤解が広がった。現れた語現体は町の音を一つずつ吸い、返さない。仕組みを正しく知る人ほど、返ってくるのを待って先に黙った。
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今日も真夏日ですね
真夏日が続くと、人はどの日も同じ日だったように話す。その言い方が閾を超えた七月、鴇江市に同じ一日が現れた。日ごとの違いを正しく数えられる人ほど、自分の日を持っていかれた。
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月末までに、繰り越されるもの
月末までに終わらせないと持っていかれる。その言い方が閾を超えた七月、鴇江市に繰越が出た。終わっていないものだけを、翌月へ運ぶ。ただの暦の区切りだと正しく知る者ほど、止められなかっ…
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スイカを叩く音と、返ってくるもの
スイカは叩けば中の善し悪しが音でわかる。その言葉が閾を超えた夏、鴇江市の暗がりに縞のあるものが転がり、叩くと内側から低い音を返した。音ではわからないと知る者ほど、それを止められな…
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打ち水と、乾かない涼しさ
暑い夏、鴇江市で『打ち水をすれば必ず涼しくなる』という誤解が広がった。まいた水が涼しさを装って現れ、触れた人の熱を奪って乾かなくする。正しく涼しさを否定した人ほど、先に取り込まれ…
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消えない花火と、名を待つ火
夜だけ増える言葉を、帰らない者の合図と取り違えた川沿いの街。正しく数えられる人ほど、足りない一つに数え込まれていく。
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酷暑日と、あと一度
温度計の値ではなく、もう無理だと思った時刻を指す語として広まった。正しい定義を知る者の計器だけが四十に一度だけ届かず、限界に触れた人を白く連れ去る。
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捕ったことになっているもの
手に入った時点で捕ったことになる、と人は思っている。黙の三週目、河川敷に掌のかたちをした空きが現れた。渡したものは一度収まり、着いた拍子に必ず落ちる。落ちた先は、どこにも無い。
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いちばん暑い日ということになっている
暦の一日を、人はみな一年で最も暑い日だと思っている。廃商店街に、その場で最も熱いものであろうとする白い塊が現れた。正しく測る者から順に体の熱が奪われ、二度と暑さも寒さも感じなくな…