自由研究と、用水路の小さな魚

自由研究と、用水路の小さな魚

語現鴇江市自由研究夏休み

「先生には、まだ出していません」 その子はそう言いました。玄関の三和土に、麦わら帽子が伏せて置いてありました。八月の夕方でした。用水路の水の音が、家の中まで聞こえていました。わたしはその音を聞きながら、話の続きを待ちました。

鴇江市の小学校では、八月の二週目から同じ言い方が増えていました。三つの学校の作文と貼り紙を数えました。同じ言い方が、六日で四十七回になりました。数がそろうと、像もそろいます。第四課はその日のうちに灯を立てました。灯番号はT-20260815-02です。夕方に受け付けたので、うしろの数字は02になります。

わたしは五人の子と、三人の家の人に話を聞きました。全員が同じことを言いました。自由研究というのは、まだ名前のついていないものを見つけて、名前をつけて、出すことだ、と。 本当はちがいます。自由研究は、調べたいことを自由に決めてよい、というだけの宿題です。名前をつける決まりはありません。でも、そんなことは関係ありません。実体になるのは、正しい意味ではないからです。みんながそろえた思いこみのほうです。

その夏、子どもたちが調べていたのは、用水路にいる小さな淡水魚でした。体は指の先くらいです。夏になると腹のあたりが金色に見えます。この魚には、家ごとにちがう地方名がありました。上流の子は「ギンコロ」と呼びました。下の橋の子は「キンチャ」と呼びました。わたしが聞いただけで、地方名は七つありました。市の資料では絶滅危惧の魚です。数はもう多くありません。 子どもたちは相談しました。呼び名がばらばらだと、提出のときに困るからです。八月十日の集まりで、名前は一つに決まりました。わたしは、その日が境目だったと思いました。

あの日のことを書きます。うまく書けません。でも、書いておきます。夜の九時ごろでした。用水路の脇の道に、白いものが立っていました。背は一年生くらいでした。顔のところが原稿用紙みたいでした。細いマス目が縦に並んでいました。近くに寄ると、鉛筆の匂いがしました。足の裏が、濡れた紙の音をさせました。ぺた、ぺた、と鳴りました。触っていないのに、体温より少し高いのがわかりました。それは草をかき分けて、名前のついていないものをさがしていました。石を一つ持ち上げて、裏に何か書きました。書いてから、それを持って行きました。石はもうありませんでした。わたしは怖いと思いました。

子どもたちはそれを「マスメさん」と呼びました。呼び名がつくと、姿がはっきりします。はっきりすると、できることも増えます。三日目には、名札のない傘を持って行きました。四日目には、名前のない路地を持って行きました。持って行かれた路地は、地図の上では残っています。歩いて行くと、途中で行き止まりになります。

五日目に、三年生の男の子が持って行かれかけました。その子は表紙の「しらべたもの」の欄を書きまちがえました。魚の名前ではなく、自分の名前を書いてしまいました。マスメさんは、紙に書いてあるとおりにしました。 その子は今も家にいます。ごはんも食べます。でも、変わらなくなりました。柱につけていた身長の線が、あの日から一ミリも伸びません。書く字は、全部おなじ大きさになりました。何を聞いても、返事は一つだけです。「もう調べました」と言います。声に高さの動きがありません。部屋には、糊と乾いた紙の匂いがします。

その子の担任の先生は、正しい意味を知っていました。宿題の紙を持ってきて、マスメさんの前で読み上げました。自由研究とは、調べる題を自由に選ぶことだ、と。何度も読みました。マスメさんは顔を上げませんでした。聞こえていないのではありません。届いていないのです。正しい意味は、この語の像に入っていません。だから、いちばん正しく知っている人が、いちばん何もできませんでした。先生はその場に立っていました。手を伸ばして、それから下ろしました。

わたしは退治のしかたを知りません。局にもありません。できるのは、遅らせることと、書き留めることと、最後まで見ていることだけです。 わたしは学校に頼みました。宿題の紙の言い方を変えてもらいました。「名前をつけて出す」と読める書き方をやめてもらいました。同じ言い方が減れば、像はゆるみます。ゆるむのに九日かかりました。その九日のあいだに、名前のない自転車が一台なくなりました。間に合いました、と書きかけて、やめました。書き直します。ほとんど間に合いませんでした。

わたしはマスメさんの横に座りました。いつもの質問をしました。あなたは何と呼ばれたいですか、と聞きました。それは鉛筆を持ち上げました。マス目の面に、ゆっくり何か書きました。わたしは読みました。読みましたが、ここには書きません。書かないと決めています。 そのとき、面がこちらを向きました。鉛筆の先が、わたしの名前くらいの高さで止まりました。止まっただけです。書かれてはいません。書かれてはいません。書かれてはいない、とここに書いておきます。

八月の終わりに、宿題は出されました。同じ言い方は使われなくなりました。九月三日には、廊下の貼り紙も外れました。マスメさんは薄くなりました。マス目が見えにくくなりました。鉛筆の匂いも弱くなりました。 消えたのではありません。用水路の底に、白い紙のようなものが沈んでいます。手ですくうと、指のあいだから逃げます。あれは残っています。土の中に沈んだだけです。 わたしは最後まで見ていました。ほかの職員は目を伏せました。わたしは伏せませんでした。薄くなる途中で、それは一度だけ、こちらを見ました。

三年生の男の子は、戻りません。柱の線はまだ伸びません。返事も一つのままです。あの子の紙の欄には、あの子の名前が書いてあります。消しても、次の朝には戻っています。家の人は、もう消すのをやめました。

今日は晴れだったと書きました。でも、帰り道は曇りでした。書き直します。今日は、途中から曇りでした。駅の裏の空き地で、猫の子が鳴いていました。まだ名前がありません。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「カワバタモロコ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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