採用不調と、逆さまの面接

採用不調と、逆さまの面接

語現体鴇江市採用不調記録

八月二十五日の朝、鴇江市の職業紹介所の二階に上がった。届出人は紹介所の職員で、五十代の男性である。名乗りを受けて、わたしは灯番号にT-20260825-01と書いた。窓は開いていた。外は晴れている。

さても、話は五日前にさかのぼる。この市で、採用不調という語の使用が跳ね上がった。早瀬の集計では、八月二十日から二十四日までの五日間で、例年の七倍である。数字だけを見れば、求人の話が増えただけに見える。見えるだけである。使用の九割で、話し手は求人の話をしていなかった。

ここで一つ、間が要る。届出人が話しはじめるまでに、湯呑みを二度置き直したからである。以下は彼の言葉をそのまま書く。

採用不調というのは、こちらの側の言葉なんですよ。人を採る側が、思ったように採れていない。募集を出しても集まらない。それを不調と言う。四十年、そういう意味でしか使いませんでした。ところが今年の夏は違うんです。八月のはじめごろから、こう言う人が出てきた。自分は採用不調だ、と。落ちた人が言うんです。三十社受けて全部だめだった、だから自分は採用不調です、と。最初は言い間違いだと思って、それは会社側の言葉ですよと訂正しました。訂正しました。何度も訂正しました。そのうち、訂正するほうが変な人になったんです。窓口に来る人がみんなそう使う。求人票を出しに来た会社の人までが、そちらは採用不調でしたか、と落ちた人に聞くようになった。採る側と採られる側が、言葉の上で入れ替わった。逆転したんですよ。

わたしは相槌だけを打った。規定では、聴取のあいだ、聞き手は語の正しい意味を言わない。言えば、正しさのほうが的になる。

さても、ここからが一席の山場である。

三日前の夕方、紹介所の三番窓口で、それは出た。姿はない。選ぶという行いが終わった場所にだけ現れる。面接が終わり、扉が閉まり、部屋から人がいなくなった、その直後である。残っているのは、選んだ側の評価票と、選ばれなかった側の書類だけになる。それは書類のほうから伸びる。伸びて、評価票へ届く。届いた瞬間に、位置が入れ替わる。

——と、届出人の言い方を借りて大きく書いた。地の文で静かに訂正しておく。入れ替わるのは位置ではない。名前である。評価票に書かれていた採る側の名前が、落ちた側の欄へ移る。誰も気づかない。書類は一枚も動いていないからである。

気づくのは、正しく知っている者だけだった。四十年その語を正しく使ってきた届出人は、翌朝の面接で、自分がどちら側に座っているのか分からなくなった。分かっていたはずである。分かっていたから、分からなくなった。採用不調はこちらの側の言葉だ、という理解は、そのまま、わたしは採る側だ、という位置の申告になる。位置を申告した者から先に、逆転が届く。何も知らずに使っていた人には、届くまでに時間がかかった。

それは葉緑素を持たない。自分では何ひとつ作らない。すでに落とされた書類、用のなくなった評価票、終わった選考のあとに残るもの、その上でだけ育つ。腐りかけたところから取る。だから、選考をやめれば止まるはずである。止まるはずである、と書きたいところだが、確認されていない。三番窓口は今週いっぱい閉じているが、書類は減っていない。

四日目の午後、わたしは窓口の椅子に座った。誰も座らせないほうの椅子である。わたしは尋ねた。何と呼ばれたいですか。答えは、ここには書かない。書かないと決めているのではなく、書けなかった。

さても、ところ変わって、五日目の朝である。

早瀬の報告に一行あった。この形の語現体は、鴇江市の、この三番窓口の周囲でしか記録がない。他の市の紹介所では同じ語が同じ勢いで使われているのに、出ていない。固有種である、と書いてあった。固有種、という書き方にわたしは少し引っかかった。植物ではない。植物ではないが、育ち方はそう書くしかなかったのだろうと思い直した。

二十九日以降に言及が減れば薄れる、という予測が付いていた。予測であって、確認ではない。グラフの下の端には、いつもの小さな揺れが乗っている。

夕方、届出人が窓口の札を裏返した。本日の受付は終了しましたと書いてある。裏返す手つきに迷いがなかった。彼はもう、自分がどちら側かを気にしていない。気にしなくなったことのほうを、わたしは記録に残した。薄れるというのは、消えることではない。誰も確かめなくなることである。三番窓口の書類の束は、まだ少しだけ湿っている。

選ばれなかった。選ばれなかった。選ばれなかった。同じ言葉が三度、廊下の奥から戻ってきたように聞こえたが、実際に声はしていない。わたしはそう書いてから、聞こえたように思った、と書き直した。

窓は開いたままだった。外は晴れている。晴れている、と書いたが、白い、と書き直す。誰も通らない廊下の突き当たりで、灯りが一つ増えている。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「ラカンドニア・スキスマティカ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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