埋め合わせの日と、青果店の秤

埋め合わせの日と、青果店の秤

語現鴇江市野菜の日記念日商店街

夕方の光が、青果店の庇の下まで届いていた。橙色の光だった。シャッターの塗装が剥げて、下から白い地が覗いている。

「今日で、間に合うんですよね」

そう言ったのは、買い物かごを抱えた女の人だった。かごの底には、萎びた小松菜が一束だけ入っていた。わたしは尋ねた。何に間に合うんですか、と。女の人は答えなかった。ただ、店の奥の秤を見ていた。

鴇江市の南、坂を下りきったところに、使われなくなった商店街がある。屋根つきの通りで、昼でも薄暗い。灯りは三つしか点かない。この通りは戦後に移民の家族が創設したものだと、以前ここで聞いたことがある。町の名前も、その人たちの言葉で「坂の下」を意味したのだという。今はもう、誰もその意味では呼んでいない。

八月三十一日。八、三、一。その並びが野菜と読めるというだけの日である。もともとは、野菜を食べようという呼びかけの日だ。それ以上の意味はない。

けれどこの三日で、鴇江市の中でだけ、別の言い方が広がっていた。

わたしは手帳を開いて、聞き取りを整理した。証言は三人ぶんある。

一人目は、通りの入口で立ち話をしていた男性だった。「今日食べれば、これまでの分が帳消しになる」と言った。二人目は、青果店の店主だった。「今日だけは、食べた分が二重に効く」と言った。三人目は先ほどの女の人で、「今日食べなかった人は、あとで差し引かれる」と言った。

三つは似ているが、同じではない。帳消し、二倍、差し引き。像がどれに揃うかで、現れるものの形が変わる。

わたしは可能性を三つに絞った。手帳の左の余白に、番号を振って書いた。時刻表の裏に鉛筆で線を引くような気持ちだった。三つのどれかであれば、対処の手順は決まっている。延ばすか、記録するか、見届けるかだ。

三つとも外れた。

現れたのは、手だった。青みがかった、大人の手が二本。腕から先だけが、店先の秤の上に浮いていた。爪の下だけが妙に白かった。

手は秤の皿を見ていた。目のない手が見ていた、としか言いようがなかった。皿の上には、萎びた小松菜が載っている。目方が足りない。手はそれを確かめると、いったん薄暗がりへ引っ込み、すぐに戻ってきた。

戻ってきた手には、何かが握られていた。それを皿に置くと、針が動いて、ちょうどの目盛りで止まった。

置かれたものが何かは、書けない。形が定まる前に馴染んでしまったからだ。ただ、それが置かれた瞬間に、店主の左の袖が空になった。腕がなくなったのではない。袖が、はじめから空だったような垂れ方をした。店主は自分の左肩を見て、それから、何も言わずに秤の目盛りを読んだ。

「合ってる」と店主は言った。声は嬉しそうだった。

この日の帳尻は、確かに合っていた。合わせるために、どこかから持ってこられただけだ。埋め手は、足す先は選べる。持ってくる先は選べない。

通りの奥に、栄養士の女性がいた。この記念日が語呂合わせで決まったこと、目安の量に清算の意味などないことを、その人は正確に知っていた。だから手に向かって、それは違います、と言った。埋め手は反応しなかった。誤解の像でできたものに、正しさは届かない。届かないどころか、正しく言えば言うほど、その人の言葉だけが薄くなった。最後には口だけが動いて、音が出なくなった。

手がこちらを向いた。向く、という言い方が正しいのかは分からない。ただ指先が、わたしの手帳の余白を指した。空いている行を、目方の足りない皿と同じように見ていた。指が近づいた。紙の上の白が、少しだけ濃くなった。わたしは手帳を閉じた。閉じる音のほうが、自分の呼吸より大きかった。

わたしは尋ねた。あなたは何と呼ばれたいですか、と。

手は、答えを持たなかった。それでも指の力が抜けて、皿の上に戻った。答えないことを選べる程度には、まだそれは形を保っていた。

わたしは手帳を開き直して、外れた三つの理由だけを書いた。帳消しではない、埋めているだけだから。二倍ではない、増えていないから。差し引きでもない、差し引かれる人と食べる人が別だから。三行書いて、そこで止めた。正解は書かなかった。書ける形になっていなかった。

店主の左袖は、翌日も空のままだった。本人は何も困っていない様子で、右手だけで釣りを渡していた。困っていないことのほうが、わたしには怖かった。

九月に入って、言い方は使われなくなった。埋め手は薄くなり、秤の上に青い残りだけが浮くようになった。それも数日で見えなくなった。ただ、あの秤の針は、空の皿でも少し右に傾いたままだ。誰も直していない。直し方が分からないのだと店主は言った。

帰りに通りを振り返ると、灯りが四つ点いていた。三つしか点かないはずの通りだった。増えたほうの灯りには、まだ名前がない。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「ビジャ・アレマーナ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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