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くしの日と、通したぶんだけ残るもの
九月四日、くしの日。人々は櫛を「抜けたものを数える道具」と誤解した。頻度表から一文が復元される。通したぶんだけ、こちらに残る。理容店の主人は、その通りに減っていった。
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埋め合わせの日と、青果店の秤
八月三十一日を「足りなかった分が埋まる日」と信じる声が、鴇江市の廃商店街で像を結んだ。埋めるために何かを持っていく手を、わたしは止められなかった。
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ハピサンと、乾かない当番
ハピサンは笑顔の日の略である。だが部室では、日に当てて乾かすこと、の側で像が揃った。以来その水槽では、水のない外側にだけ貝が増え、殻高が一ミリずつそろっていく。
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ハグの日と、離れられない距離
ハグの日は語呂合わせであって、触れれば伝わるとは言っていない。それでも像は、距離がゼロになる形で揃った。触れた者どうしの距離は、二度と動かなくなった。
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バナナの日と、区切られた一日
バナナの日、と人々は言った。それは八月七日という数字に付けられた名であって、その日がバナナのものになるわけではない。しかし像は、一日ぶんの時間が誰かに属するほうで揃った。区画に入…
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蓄音機の日に、音が減った
七月末、鴇江市で『蓄音機は音を溜め込む機械だ』という誤解が広がった。現れた語現体は町の音を一つずつ吸い、返さない。仕組みを正しく知る人ほど、返ってくるのを待って先に黙った。
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良かったことにされた一区画
七月十三日、末広商店街に貼り紙が一枚。その語を口にした者から、顔の細部が均されていく。四日目、八百屋の主人は隣の店主と見分けがつかなくなった。