蓄音機の日に、音が減った
夏の朝の光が、まだ人の出ていない通りに落ちていた。蝉の声だけが厚く、それ以外の音がやけに遠い。そういう日だった。灯番号 T-20260731-01 として受理したのは、午前八時十二分である。前夜からの十時間で、鴇江市内の投稿に「蓄音機」の語が二千件を超えて現れていた。記念日にちなんだ投稿が大半である。ただし、そのうち六割以上が「音を吸い取る」「溜め込む」という言い方を含んでいた。閾に近い。
同じ日の午前、わたしは市の北にある廃商店街へ向かった。ここは前にも来た。空き店舗の並びは、関係のない記録にも背景として何度も出てくる。三軒目のシャッターの前で、最初の証言者に会った。楽器店をやめて十年になるという男性だった。シャッターの塗装は剥げ、下半分だけが日に焼けている。
午前十時。男性はこう語った。「わたしは商売柄、あれの仕組みを知っていました。音は空気の震えです。それを針で溝に刻んで、あとで針を落とせば同じ震えに戻る。だから蓄音機は、音を減らす機械ではないんです。増やしも減らしもしない。写すだけです。だから昨日、店の跡地にあのらっぱが立っているのを見ても、わたしはこわくなかった。近所の子が、あれは音を吸うと言っていましたが、そんなはずはないと答えました。溜め込んだところで、針を落とせば返ってくるんだと。実際に、わたしはらっぱの前で歌ってみせました。返ってくるところを見せてやろうと思ったんです。歌ったのは、店でよくかけていた古い曲でした。半分ほど歌ったところで、自分の声が聞こえなくなりました。口は動いていました。喉も震えていました。それなのに、音だけがどこにもなかった。わたしは針が落ちるのを待ちました。仕組みを知っているので、待てば戻ると思ったんです。待っているあいだに、隣の子が悲鳴をあげました。その悲鳴は聞こえました。つまり、消えているのはわたしの音だけでした。それだけです」
わたしは相槌だけを打った。訂正はしなかった。この人の言っていることは正しい。正しいから、待ってしまった。
同じ日の正午。らっぱは四軒目の空き店舗の前に立っていた。真鍮の色をした、朝顔の形をした口が一つ。台も箱も針もない。口だけがそこに立っている。近づくと、足音が途中で消えた。踏んだ感触はあるのに、音がない。二歩ぶんの足音が、らっぱの中へ入っていった。
そのあいだにも、子どもたちは平気で走り回っていた。あれは音を吸う機械だ、と彼らは言った。吸われたら返ってこない、とも言った。だから近づかない。近づかないので、吸われない。誤解している者は、誤解の通りに身を守っていた。
午後一時。わたしはらっぱの正面に立ち、いつもの問いをした。何と呼ばれたいですか。返事はなかった。返事があったとしても、わたしはそれを書かない。
午後二時から、わたしは吸われた人の話を聞いて回った。九人いた。全員が、仕組みを説明できる人だった。修理工、放送部の顧問、音響の仕事をしている人。共通しているのは、らっぱの前で声を出したことだった。返ってくるはずだと思って、確かめようとしたのだ。子どもたちは誰も声を出さなかった。
同じころ、二人目の証言者に会った。放送部の顧問をしている女性で、こちらは筆談だった。紙にはこう書かれていた。生徒に説明するために来た。録音と再生は一つの仕組みの表と裏で、片方だけということはない。だから溜まるなら出せるはずだ。そう言って、マイクの試験と同じつもりで、あ、と一声だけ出した。それきり声がない。書き終えたあと、彼女はもう一枚めくって、こう足した。生徒には、近づくなとだけ言ってあります。
午後四時。わたしにできることは決まっている。退治はしない。針を落とす方法も探さない。声の戻らない九人の横に座って、筆談で話を聞き、記録した。九人のうち三人は、それでも仕組みの説明を紙に書いた。書いても声は戻らなかった。わたしは全部書き写した。
夕方、市の掲示板に『黙』の告示が貼り替えられた。対象語の一覧に、見たことのない語が一つ混じっていた。誰も使っていない語だった。担当に尋ねると、印刷の都合だと言われた。わたしはそれも記録した。
七月三十一日、午後七時。「蓄音機」の語の使用は前日の三割まで落ちた。記念日が終われば、語は使われなくなる。らっぱの真鍮の色は薄くなり、輪郭が空き店舗のシャッターに溶けはじめた。残滓の測定値は、まだ下がりきっていない。消えてはいない。
午後八時、九人のうち二人の声が戻った。戻った声で、二人とも同じことを言った。中は暗くなかった、と。
廃商店街の四軒目の前で、誰も点けていない灯りが一つ増えていた。雨が降っていた。降っていない。
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