くしの日と、通したぶんだけ残るもの

くしの日と、通したぶんだけ残るもの

語現鴇江市くしの日記念日頻度表

夜明け前の末広町を、四階の窓から見ていた。理容店のシャッターがひとつだけ上がっている。その前に人が三人立って、めいめい自分の手のひらを覗き込んでいた。手のひらの上には髪が数本ずつ載っている。三人とも、口の中で数を読んでいた。

灯番号 T-20260904-01。受理は九月四日の午前六時十二分である。早瀬の頻度表を見る。「くしの日」という語の使用が、前日の同じ時刻の四十一倍になっていた。伸び方が急すぎる。ふつうの記念日はここまで跳ねない。

頻度表の下の段に、いつもの微小なノイズが乗っている。早瀬はこれを「機械の癖」と呼ぶ。呼び方を決めれば怖くないらしい。わたしは決めないでおく。数字を見ているだけで、朝が終わった。

第四課では、語が閾に近づくと、その語がどう使われているかを一文字ずつ数える。暗号を解くのと同じ手順である。よく出る字を鍵にして、投稿から共通の言い回しを組み直す。合っていれば読める文が出る。間違っていれば、意味のない字が余る。

白河が一晩かけて総当たりをかけた。余った字は三つだけだった。ほとんど誤読がない、ということである。復元された平文は一文だった。わたしはそれを声に出さずに読んだ。あなたも、目で追うだけにしておいたほうがいい。

「とおしたぶんだけ、こちらにのこる。」

聞き取りに出た。末広商店街の理容店、佐伯さんの店である。九月四日は「くしの日」で、美容の週間の内側にある日だ。櫛を大事に扱おう、という趣旨で決められた記念日である。佐伯さんはそれを正確に知っていた。四十年、櫛を洗い、歯の間を見て、欠けたら替えてきた人である。

町の側の像は違っていた。前の晩から、髪を梳いて抜けた本数を数えて投稿する遊びが回っていた。十七本。三十二本。八本。数字が並ぶ。並んだ数字を見た人が、また数える。そこで櫛は「整える道具」ではなくなった。「抜けたものを数える道具」になった。誤解が揃うのは、いつもこういう速さである。

佐伯さんは正しかった。正しさは何の役にも立たなかった。「うちは数えません」と佐伯さんは言った。言いながら、朝の掃除で櫛を通した。習慣である。習慣は、意味を知っていても止まらない。あなたは、自分の手が今日何回動いたか数えられるだろうか。

その日の夕方、店の奥の鏡台に、それは立っていた。人の背丈ほどの櫛である。歯の半分が抜けている。抜けた側の穴に、髪がびっしり詰まっていた。動くと濡れた音がした。雨の日の排水口の音に似ている。触れると体温より少し高い。梳残(そざん)と記録した。

わたしは尋ねた。何と呼ばれたいですか、と。梳残は答えた。答えは記録しない。ただ、そのとき梳残が使った一人称の表記が、わたしがこの記録で使うものと同じだったことだけ書いておく。

復元した文の通りに起きた。佐伯さんが櫛を通したぶんだけ、佐伯さんの側から向こうへ移った。一日目は髪だった。鏡の中の髪は減らないのに、指で触ると何もない。二日目は右手の感覚だった。櫛を持てるのに、持っている手ざわりがない。三日目は、名前を呼ばれて振り向く速さだった。「佐伯さん」と呼ぶと、鏡のほうが先に動いた。本人はその半拍あとに動いた。

三日目の夜、わたしの記録の数字が一つ増えていた。書いた覚えのない一行である。頻度表の余りの字が三つから二つに減っていた。減った一つがどこへ行ったのかは分からない。わたしは目を逸らさずに書き直した。書き直しても、翌朝また増えていた。

早瀬が妙なたとえをした。南の海に無人島がある。そこで絶滅したと思われていた固有種が、何十年もあとで再発見された例がある。いなくなったのではなく、誰も見ていなかっただけだ、と早瀬は言った。数字にすれば怖くないと信じている人の言い方である。わたしは、そのたとえが正しいから怖いのだと思った。

対処はない。梳残を消す方法を、わたしは知らない。できるのは二つだけである。櫛を通さないこと。通した回数を数えないこと。佐伯さんにそう伝えた。伝えたのが三日目の夜で、その前に佐伯さんはもう三日ぶん通していた。間に合わなかった。取り戻す手順は、この世界に無い。

九月五日になった。日付が変わると、記念日の語は使われなくなる。「くしの日」の頻度は一日で三十分の一に落ちた。梳残は薄れた。薄れただけである。消えてはいない。歯に詰まっていた髪を、局が回収して数えた。どの頭からも抜けていない髪だった。数えられた本数と、失われた本数は一度も一致しなかった。差の行き先は分かっていない。

佐伯さんは店を開けている。髪はある。手も動く。名前を呼ぶと、半拍おいて振り向く。その半拍は戻らない。もし九月四日にあなたが数えていたなら、その数がいまどこにあるのかは、わたしにも分からない。

誰も通らない路地の窓に、灯りが一つ増えていた。前の記録では四つだった。今夜は五つある。窓の内側に人の影はない。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「ディサポイントメント島」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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