捕ったことになっているもの
河川敷の柵に、紙が一枚、画鋲でとめてあった。当番表だった。日付の下に、名前が並んでいる。その脇の余白に、同じ言葉が、何度も書き足されていた。鉛筆のもの。ボールペンのもの。指でなぞった跡だけのもの。わたしは十九時四十分に、それを受け取った。灯番号 T-20260723-02。
いまは「黙(もく)」の三週目だった。声を出すな、という市の決まりだ。声に出される言葉は、前の月の四割まで減っていた。でも、この言葉だけが伸びた。書いて、読んで、うなずいて、帰る。それで足りたからだ。読むことも、言葉を使ったことに数えられる。だから、声が消えても、閾は越えていく。
人はこの言葉を、「落とした」の言い換えとして使っていた。手に入ったのに、落とした。入ったのだから、一度は捕ったのだ、と。ここが誤解の中心だった。手に入った時点で、それはもう自分のものだ。あとは、こぼしたかどうかの話でしかない。人はそう思っていた。柵の余白は、その思いを、三十七か所で示していた。
正しくは、ちがう。手に入っただけでは、何も成立しない。「確実に保てる」と判断されて、はじめて捕ったことになる。着いた拍子にこぼれれば、最初から捕っていない。入っていた時間の長さは、関係ない。基準は、確実だったかどうか、それだけだ。そして、確実かどうかは、その場では誰にも決められない。
顕(あらわ)れたのは、二十二日の夜だった。三番目の街灯の下。そこに、掌(てのひら)のかたちをした空きがあった。輪郭は無い。手ほどの大きさの、何も無い場所だ。近づくと、空気より冷たかった。川のにおいが、そこだけ濃かった。石を置いた。乗った。腕を引いた拍子に、落ちた。濡れた音がした。濡れた手で、球をつかみそこねる音だった。それなのに石は、地面にも、水にも、空きの中にも無かった。
早瀬さんが、温度計で測ろうとした。乗った。落ちた。もう一度乗せた。また落ちた。三度目、早瀬さんは手を止めて言った。「この乗り方では、確実とは言えませんね」。その瞬間、温度計が落ちた。まだ、乗せてもいなかった。正しく分かっている人から、先に落ちる。分かっている人は、「確実だ」と言えないからだ。いっぽう、何も知らない当番の子どもは、ちがった。同じ石を、五度も六度も置く。そのたびに一度は、乗せられていた。本人は、乗せたと思っていた。うれしそうだった。
その夜、当番の戸波(となみ)さんが来た。もう一人の当番に、懐中電灯を渡そうとした。二人のあいだに、あの空きがあった。戸波さんは、空きの上ごしに、手を伸ばした。電灯は、いったん相手の手に着いた。着いた拍子に、濡れた音がした。落ちたのは、電灯ではなかった。戸波さんだった。さっきまで、そこに立っていた。声も、影も、あった。それが、音ひとつ残して、無くなった。地面にも、水にも、空きの中にも、戸波さんは無かった。落ちた、という音だけが、確かに残った。
わたしは、当番表の戸波さんの欄を見た。名前は、書いてある。読める。でも、その名前に、顔がつかない。さっき、話したはずだった。何を話したかも、思い出せない。気づくと、わたしは自分の鉛筆を、空きのほうへ、差し出しかけていた。理由は無い。手が、勝手に動いていた。あわてて、引いた。引いた拍子に、落とさなくてよかった。もし落としていたら、この記録を書く手が、誰の手だったか、分からなくなっていた。
わたしに、退治の手順は無い。この課に、それは無い。したのは、落ちるまでの時間を測って書くことだけだ。一度目は、一秒と少し。二度目は、一秒に満たない。三度目は、測れなかった。「測れなかった」と書いた。あなたは何と呼ばれたいですか、と一度だけ尋ねた。掌のかたちをした空きは、答えなかった。かわりに、指のあたりを、そっと閉じる動きをした。答えは書かない。書かないと決めているので、書かない。
対処は、地面に着かせないことだった。着いた拍子に落ちるなら、着かせなければいい。だから当番の人たちに頼んだ。物を渡すときは、相手の手が下にある状態で渡してほしい、と。二晩は、もった。でも三晩目に、当番表が、風で柵から外れて落ちた。表を落としたのは、誰でもない。誰でもないから、誰の記録にも残らない。表に書かれた名前のうち、三人ぶんが、その夜から、誰にも思い出されなくなった。戸波さんも、その三人の一人だった。落ちた、という事実だけが残っている。落ちた先は、無い。
二十三日の朝から、言葉の使用は下がりはじめた。表が無くなれば、読む者もいない。読まれなければ、像もそろわない。掌のかたちをした空きは、薄くなった。いまは三番目の街灯の真下だけ、地面の色が、わずかに違う。日に一度、そこに何かが乗る。乗ったことだけが、分かる。誰が乗せているのかは、分からない。わたしは毎日、その時刻を書いている。時刻は、毎日ずれる。ずれ方に、規則は無い。
この記録には、落とされた三人ぶんの名前が、無い。書けないのだ。数えると、当番表は三十七人だったはずだ。でも、いま思い出せるのは、三十四人。三度数え直しても、三十四のままだった。数え間違えているのは、わたしのほうだと思う。思うだけで、確かめる方法は、無い。
帰りに、橋の下を見た。去年まで、灯りは二つだった。それが、三つになっていた。三つ目が、誰のものかは、書かない。
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