濃い線でしか描けない顔

濃い線でしか描けない顔

語現体鴇江市劇画

「これは、順番に話さないと、通じないんですよ」。印刷所の主人は、湯呑みを両手で包んで、そう言った。鴇江市の東の端にある、古い版下屋だ。壁の向こうで、断裁機が紙を落とす音がする。ずしり、ずしりと、床から伝ってくる。わたしは頁を開いて、鉛筆を持った。

机の上には、灯番号 T-20260724-01 の紙があった。「劇画の日」という言葉が、その朝だけ跳ね上がっていた。昼前に一気に増えて、そのまま高いところで平らになる。記念日は、一日で燃え尽きる。燃え尽きる前に、何かを一つ、置いていく。

主人は言った。「劇画というのは、絵の濃さのことじゃない。大人が読むための、物語の運び方の名前です。父に、そう教わりました」。でも、あの朝、若い工員がこう言った。「劇画って、要するに顔が濃いやつでしょう」。そう言って、自分の頬に、指で線を引いてみせた。主人は「違う」と言おうとして、やめた。締切が近かった。ただ、それだけの理由だ。夕方には、事務所の七人が全員、同じ手つきで頬をなぞっていた。

その晩、主人は家で下絵を描いた。三十年、動かしてきた手だ。顔を一つ描いて、目のところで気づいた。線が一本、余っている。目尻から頬へ、深く、濃く。自分は引いていない線だった。消しゴムをかけて、寝た。翌朝、紙の同じ場所に、同じ線が戻っていた。指で触れると、線は濡れていた。刷りたての墨のように、冷たく湿っている。夜のあいだ、誰も持っていない筆が、紙を掻く音がしたという。三日目の朝、主人は洗面所の鏡を見た。自分の目尻に、あの線が一本、入っていた。紙ではなく、自分の頬にだ。指で触れると、やはり冷たく濡れていた。拭いても、翌朝にはまた戻った。

昼、わたしは事務所を回った。若い工員の頬に、線が一本ずつ入っている。目尻から下へ、細く濃い線だ。汗でも、影でもない。指で拭うと消える。でも拭った本人は、いま何を拭ったのかを言えない。拭ってすぐ、理由を忘れる。忘れた顔が机に並んで、列がぜんぶ同じ表情になった。どの顔を見ても、「この人は何かを我慢している」と読めてしまう。読まれた本人は、我慢していない理由を、うまく言葉にできなくなっていた。

主人だけは、線の意味を正しく知っていた。劇画が濃い顔のことではないと、はっきり言えた。でも、正しく言えることは、何の助けにもならなかった。むしろ逆だった。真意を知っている主人の紙にだけ、線はいちばん濃く、いちばん深く戻ってくる。正しさは、線を一本も減らさなかった。

わたしは頁に、工員の顔を一つ写生していた。輪郭と、目と、口。それだけのはずだった。でも見返すと、その顔の目尻に、細い線が一本、増えていた。わたしは引いていない。断裁機の硝子に、自分の横顔が映っていた。その目尻にも、同じ場所に、影のような一本が差している。指で拭った。硝子の中の線は、消えた。頁の線は、消えなかった。わたしは、その頁を伏せた。

夕方、主人はもう一度だけ話した。「父の絵は、薄いと言われました。それでも父は、線を足さなかった。足せば伝わる。でも伝わったものは、もう自分の描いたものじゃない。父は、足した線が誰のものになるかを、知っていたんだと思います。わたしの紙の線は、わたしのものじゃない。かといって、誰か一人のものでもない。あの朝、劇画を濃い顔だと思った人たち。その全員の、読み違いのかたちなんです」。わたしは、相槌のほかは何も挟まなかった。ただ、書いた。

翌朝、言葉の使われ方は落ちた。記念日は、一日で終わる。紙の線は薄れて、三日のうちに、ほとんど消えた。主人が見せてくれた下絵の、目尻の一本も消えていた。「これで、元どおりですね」。主人はそう言って、少し黙った。「でも人はまだ、この顔を我慢している顔だと言うんです」。

いちばん最後に線が入ったのは、入って三月の見習いだった。「劇画」を知らない子だった。知らないから、線もなかった。でも昼休みに、先輩が教えた。「劇画って知らないの。こういうやつだよ」。そう言って、自分の頬をなぞった。教える声は、いつでもやさしい。夕方には、その子の頬にも線が入っていた。線は、三日で消えた。けれど、その子はもう笑わなくなっていた。誰かに「無理してない?」と聞かれるたび、うまく答えられず、下を向く。線は、もう無い。無いのに、読みだけが、その子の顔に残った。戻らなかった、とわたしは書いた。

帰り道、閉まった文具店の奥に、灯りが一つ点いていた。気づく人はいなかった。青白く、冷たい光だった。並んだ絵筆の穂先を、そこだけ、濡れたように光らせていた。

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