カレーうどんの日に、はねなかった

カレーうどんの日に、はねなかった

語現鴇江市うどんカレーうどんの日

湯気が、まっすぐ立っていた。末広商店街の、暖簾の下だ。夕方の六時、風はあった。あったのに、湯気は横に流れなかった。わたしは暖簾の前で立ち止まって、それを三度見た。一度目は、ただの湯気として。二度目は、記録するべきものとして。三度目は、もう遅いと知りながら。

「八月二日は、カレーうどんの日ですよ」と、店の前で誰かが言った。声の主は見なかった。見なかった、と書いておく。八月二日がカレーうどんの日であるのは本当だ。二〇一〇年に、カレーうどんの好きな人たちが決めた日だと聞いている。それは正しい。正しいのだが、町で書かれていたのは、そうではなかった。

カレーうどんの日は、汁がはねない日。そう書いた人が、七月の終わりの四日間で三百を超えた、と早瀬は言った。数を出すと怖くなくなる、というのが彼の口癖だ。今回も、彼は数を出した。今回も、怖かった。

誰も、自分では確かめていなかった。ある人は、白いシャツで食べても平気だったと書いた。ある人は、母がそう言っていたと書いた。ある人は、なんとなくそういう日だと思っていた、と書いた。一度目が二度目を呼び、二度目が三度目を呼ぶ。閾は、そうやって踏まれる。踏んだ足の数は、誰も数えない。

末広商店街の角に、清水という人の店がある。名は、ここでは仮のものにしておく。三十年、うどんを出してきた人だ。汁ははねる。粘度の高い汁ほど、麺を持ち上げたときに戻ってくる。彼はそれを、誰よりも正確に知っていた。だから彼は、暖簾の脇に紙を貼った。はねます、と。はねます、と。はねます、と。三度書いても、誰も読まなかった。

その紙を、わたしは彼の店で見せてもらった。品書きは全部で十二行あった。数えたのは彼ではない。わたしが数えた。一度目に数えたときは、十二行だった。

現れたのは、その日の夕方だ。店の奥、四番の卓の上に、輪郭のないものがあった。椀の形をしていた、と言えば嘘になる。椀の形をしているように見えた、と書くのが正しい。湯気が立っていた。手をかざしても、熱くなかった。町ではそれを跳ねずの椀と呼ぶようになった。名をつけた人のことは、わからない。

客が食べた。麺を持ち上げて、勢いよく啜った。汁は飛ばなかった。飛ばなかったのではない。飛んだのに、飛ばなかったことになっていた。白いシャツを着ていた人が、自分の胸を見て笑った。笑い声は、店の中で三度、跳ね返った。跳ね返ったものだけは、なかったことにならなかった。

清水は説明した。あれは汁を止めていない、飛んだという出来事を消しているだけだ、消えた汁はどこにも行っていない、と。二度説明した。三度目を言おうとしたとき、列の後ろから、その名前は何ですかと誰かが尋ねた。名前、という語が店の中に落ちた。落ちた、と書いておく。そのすぐあとで、暖簾の隙間に、名前を持たない子どもが立っていた。誰の連れでもなかった。誰も、それを不思議がらなかった。

跳ねずの椀は、正しさを聞かない。人が信じたとおりにだけ動く。だから、正確に知っている彼のことばは何の役にも立たなかった。彼は最後まで自分の分を食べなかった。食べなくても、同じだった。

あとで聞いた話を、そのまま書く。閉店の時刻に、店の白い壁がいちどに濡れたそうだ。天井からでも、卓からでもなく、壁のほうから戻ってきたのだと清水は言った。量が合わない、とも言った。その日に出したのは三十七杯で、戻ってきたのはそれよりずっと多かった。多かった、とだけ彼は言って、数は言わなかった。わたしも聞かなかった。

わたしは彼の隣に座って、品書きの行数をもう一度数えた。二度目に数えたときは、十三行だった。増えた一行が何であるかは、書かない。読み返すたびに、字が違うからだ。

帰るまえに、一つだけ尋ねた。あなたは、何と呼ばれたいですか。返事は、書かない。

八月が終わるころ、その言い方をする人は減っていった。跳ねずの椀は日ごとに薄くなり、最後には、四番の卓に湯気が立つこともなくなった。けれど消えてはいない。あの店の白い壁の、その面だけ、今も湯気が立たないそうだ。立たないのは、乾いているからではない。湯気が立つという出来事が、そこでは起きないことになっているからだ。

帰り道、暖簾の下でもう一度だけ立ち止まった。風はあった。あったのに、わたしの後ろの湯気は、まっすぐ立っていた。

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