スイカを叩く音と、返ってくるもの

スイカを叩く音と、返ってくるもの

語現鴇江市スイカスイカの日

夕方の鴇江市、駅裏の八百屋だった。店先で、男がスイカを叩いていた。人差し指の付け根で、こつ、こつ、と二度。いい音だ、と男は言った。買う客はいなかった。

わたしは棚の隅に立って、その音を数えていた。七月のなかばから、同じ言葉を書いた記録が続いて届いていたそうだ。スイカを叩けば、中身の善し悪しが音でわかる。そう書いた人が、その週だけで三十を超えたと聞いた。ある人は、母がそうしていたと書いた。ある人は、動画で見たと書いた。誰も、自分で確かめてはいなかった。数が閾に近い、と桐生は言った。それ以上は言わなかった。

男の名は、ここには書かない。町では音の八百屋と呼ばれていたそうだ。彼は昔から、スイカを叩いて中を当てるのが得意だった。低くぼんと返る音がいい。高く軽い音は水っぽい。そう客に教えていた。けれど、本当は音でわかることなどほとんどない。彼自身がいちばんそれを知っていた。当たったように見えるのは、当たったところだけを人が覚えているからだ、と彼はわたしに言った。

叩いていたのは、もうスイカではなかった。叩けば中がわかる、という言葉だけが、先に固まっていた。固まった言葉は、中身を選ばない。壁でも、机でも、人でもよかった。叩けば内側から音が返る。それが、わかる、ということになっていた。誤解が形をとるときは、こういう順で進む、と聞いた。

それが最初に現れたのは、市場の裏の暗がりだったという。夏の夕で、地面はまだ温かかった。転がっていたのは、大きな、縞のあるものだった。スイカに似ていた。似ているだけだ。縞は黒く、太く、少しずつ動いて見えた。触ると、人の体温より少しだけ高かった。手を離しても、そのぬくもりが指に残った。濡れた土のにおいがして、その奥に、熟れすぎた果物の甘いにおいがまじっていた。誰かが軽く叩いた。中から、ぼん、と返った。低い、湿った音だった。返ってきた、と人が笑った。町ではそれを叩き瓜と呼ぶようになった。名は誰かがつけた。つけた人のことは、わからない。

音の八百屋は、それを見に行った。彼は叩かなかった。音ではわからないと、知っていたからだ。彼は集まった人に、そう言ったそうだ。音でわかるというのは、当たったところだけを覚えているだけの話だ、と。けれど、叩き瓜には、それが届かなかった。叩き瓜は真実に従わない。人が信じたとおりにだけ、動く。だから、正しく知っている彼のことばは、何の役にも立たなかった。知らない人の手が、先に叩き瓜に触れていた。そして、叩き瓜のほうが、彼を叩いた。こつ、こつ、と二度。彼の胸の、いちばん低いところで、ぼん、と返った。いい音だ、と誰かが言った。彼はそれきり、何も言わなかった。

あとで店をのぞいた人の話を、そのまま書く。男は椅子に座っていた。目は開いていた。まばたきはしなかった。声はもう出さなかった。肌には、あの縞に似たあとが、うっすらと浮いていたそうだ。誰かがためしに、隣の台を、こつ、と叩いた。すると男の胸の奥から、ぼん、と返ったそうだ。叩けば返る。返るから、中身は良い、ということになる。良いと決まったものは、もう動かない。わたしは退治のしかたを知らない。この課の仕事は、退治ではない。座って、聞いて、書くことだけだ。だからわたしは、男の隣に座って、返る音を数えた。

帰るまえに、一つだけ尋ねた。あなたは、何と呼ばれたいですか。返事は、書かない。

音を数えているあいだ、わたしは手帳の背を、指でこつと叩いていたらしい。気づいていなかった。返事があった。手帳の中から、ぼん、と。低い、湿った音だった。わたしの書いたものの、いちばん奥からだった。中身は良い、と誰かの声がした。わたしは指を止めた。それ以上は、叩かなかった。名前を呼ばれかけた気がして、答えなかった。

スイカの日が過ぎると、その言葉を使う人は減っていったそうだ。叩いて中を当てる話も、しなくなった。叩き瓜は、日ごとに軽くなった。最後には、叩いても返らなくなった。けれど消えてはいない、と聞いた。市場の裏の、いちばん暗いところに、縞のあとだけが残っている。地面に染みたように、黒く、太い線が二本。そこだけ、今も温かいそうだ。誰かが通りかかってためしに叩くと、ずっとあとになってから、一度だけ、返るという。返ったとき、そばにいた人が良い、と思ってしまうかどうかは、わからない。

帰り道、川べりで子どもがスイカの種を遠くへ飛ばしていた。誰が勝ったかは、聞かなかった。

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