限定凸待ちと、改版で消える道
八月二十六日の朝、局の受理窓口に届出があった。届出人は市民測量の同好会に所属する男性で、七十代である。わたしは受理票に、灯番号としてT-20260826-01と書いた。
男性は机の上に、自分で刷った鴇江市の地図を三版ぶん並べた。趣味で四十年つくっているという。表には縮尺と凡例が入り、等高線も自分で引いてある。地図の脇には標本箱もあった。若いころは虫も採っていたそうだ。箱の一つには、亜種の札が付いた個体が並んでいた。彼は種小名の綴りまで手書きで添えていた。いちばん古い一頭にはタイプ標本という札があったが、本物ではないと彼は言った。参考にした図鑑の写しに、自分でそう書いただけだという。
話は六日前から始まった。以下は彼の言葉である。
配信の言葉で、凸待ちというのがありますでしょう。誰かが来るのを待つ、という意味だと聞きました。それが今月、限定凸待ちという形でよく流れてきたんです。ところが、うちの会の者はそう読まなかった。凸というのは、地図では高まりの印なんですよ。見晴らしのきく場所に付ける印です。だから限定凸待ちは、決められた高まりで待つことだと、みんな思っていました。誰も配信を見ていないのに、言葉だけが回ったんです。会報にもそう書きました。孫にそれは違うと言われましたが、こちらは四十年その読み方でやってきた。直しませんでした。
それから、地図が変わりましてね。三版目の北の谷に、道が一本あるんです。わたしは引いていません。二版目には無い。刷り直しても、次の版でまた出てくる。誤記だと思って、四日前に版を直しました。直した版が上がってきたら、その道が前より長くなっていました。
ここで彼は言葉を切った。それだけです、と言った。
同じ日の昼、早瀬の集計が届いた。市内での限定凸待ちという語の使用が、六日間で例年の四倍を超えていた。そのうちの八割で、話し手は配信の話をしていなかった。待ち合わせの場所を決める意味で使っていた。字義と像がずれた分だけ、像は字面のほうへ寄る。凸という記号が連れてきたのは、高まりの像だった。三十日以降に言及が減れば、道の伸びは止まるという予測が付いていた。予測であって、確認ではない。グラフの下の端には、いつもの小さな揺れが乗っていた。
翌朝、わたしは北の谷へ行った。姿は無い。それは地図の上の空白にだけ居る。人が引かなかった線が、引かれたことになる。線が引かれると、そこは歩けるようになる。歩いて戻ってきた者は、誰も待たせていないのに、待たされた側の顔をしている。
現地で、わたしは何と呼ばれたいですかと尋ねた。返事はなかった。返事の代わりに、手元の地図の注記が一行増えた。わたしは規定どおり、答えを記録しなかった。
その日の午後、白河が三つの版を並べ直した。古い版の縮尺は尺で書いてある。新しい版はメートルである。どこで切り替えたのかを、男性は覚えていなかった。会の誰も覚えていない。白河が二つの距離を並べたところ、同じ谷の長さが版によって違っていた。単位の書き換えだけでは足りない差である。白河は計算を三度やり直し、それからやめた。数字が合わないのではない。数字の意味が途中で入れ替わっている。わたしはそう書いた。
男性は測量の手順を正しく知っていた。だから彼は、この一本を最後まで誤記として扱った。誤記なら直せばよい。直せば済むと分かっている人は、誰にも助けを求めない。市に届けても、地図の誤りを書く欄しかない。彼はその欄に印を付けて帰るだけだった。何も知らない人なら、道が増えたと騒いだはずだ。騒げば誰かが見に行く。行っても無駄だが、少なくとも誰かが動く。彼だけが、誰も動かせなかった。
止める方法は無い。方法という語が、そもそもこれには当てはまらない。できるのは三つである。道が伸びる速さを測ること。歩いた者を全部記録すること。そして、その道があると知っている人のそばに居ること。三つとも、終わらせるための行為ではない。
薄れは次の改版で始まるはずだと早瀬は書いていた。版を新しくすれば、あの道は消える。消えれば地図には残らない。ただし消えるのは像のほうであって、歩いた者が戻るわけではない。男性はそれを聞いて、はい、と言った。それから、消しても谷は残りますよ、と言った。わたしはその一文を、そのまま受理票に書き写した。
夕方、言祝会の刷り物が回ってきた。祭文の一節が、わたしの受理票の言い回しとよく似ていた。似ているだけである。局の記録は公開されているので、引いただけかもしれない。
夜、帰りに窓口の前を通った。局にできることは隠すことだけである。この件も市民には知らせない。知らせれば人が語る。語れば像が濃くなる。濃くなれば、次に引かれる線が増える。防げないのに広げることはできる、という一点で、局は今日も無力だった。
受付の湯呑みが、いつもより右に置かれていた。前は左だったと思う。思う、というだけである。数えていなかったので、記録には残さないことにした。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「ウエストウッドオオシカクワガタ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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