貯蓄の日、貯金箱の工場で検品係の声が箱に貯まる
「止めないで。手順書どおりに流して」。夜勤の始業ベルのあと、班長の戸叶さんがラインに向かって言った。ベルトの上を、屋根の形をした貯金箱が流れていく。鴇江市の東の端、隣の町との境界に建つ成形工場だ。十月十七日、午後十時の交代番だった。
受理は同じ日の午後六時。現地に着くまで四時間かかった。「貯蓄の日」の投稿は、その日だけで六千件を超えていた。そのうち千八百件ほどが、同じ像を連れていた。
この工場は今年、貯蓄の日に合わせて貯金箱を作っていた。外国のマーケットタウンを模した、家の形のシリーズだ。パン屋、時計屋、それから時計塔のあるパブリックスクールの校舎。どの屋根にも硬貨の口がある。箱には「はじめの一枚」として、樹脂のメダルが一枚ずつ封入される。手順書の第十四項には、こう書いてある。「封入したメダルは取り出さない。開けた箱はラインに戻さない」。
像は、この一項の読み違いから広がった。工場見学の誰かが、手順書の写真に「取り出さないから増える」と書き添えた。貯蓄の日に入れたものは、割るまで減らない。中で少しずつ増えていく。そういう像だった。わたしは様式第二号で聞き取りをした。ラインの十二人のうち九人が「増える」と答えた。冗談の顔をした人は、一人もいなかった。
検品係の矢作さんだけが違った。「貯金箱は利子を生みません。それに貯蓄の日の元は、新しいお米を供えるお祭りです」。どちらも正しい。わたしも手帳にそう書いた。でも、この件では正しい側から先に削られる。わたしはそれを知っていた。
ラインの手順は単純だ。防護手袋をはめる。成形機から出た箱のバリを取る。メダルを一枚、屋根の口から落とす。検品台で重さを量り、ベルトに戻す。一個あたり十二秒。油の匂いの中で、全員が同じ動きを繰り返す。手順書の外に出なければ、何も起きない。夜勤の人たちは、それを何年もかけて体で覚えていた。
午後十一時四分、生産数の表示が計画を追い越した。成形機は一時間に三百個しか打てない。なのにカウンターは四百を数えていた。ベルトの上の箱が、どれも重い。振ると、メダルではない音がした。濡れた砂利を袋の中で揺らすような音だった。
矢作さんは、校舎の形の箱を一つ取った。カッターで底を切り、中を見せた。「ほら、メダル一枚です。増えてません」。正しかった。中には、メダルが一枚あるだけだった。でも、彼女が手順書の外に出たのは、その瞬間だった。
矢作さんが次に何か言おうとしたとき、口は動いたのに音が出なかった。代わりに、ベルトの上の箱が一斉に鳴った。「増えてません」「増えてません」。彼女の声だった。声は箱から箱へ移っていった。時計塔の形の口から、彼女の息の音が漏れた。箱を持つと、体温より少し高かった。矢作さんの喉は、閉めたバルブのように動かなくなった。彼女は喉を押さえたまま、ベルトを見ていた。目だけが、まだ何か言おうとしていた。
わたしは箱に耳を近づけた。中で、声が誰かの名前を探していた。「な」と一音だけ聞こえた。手帳を見ると、今書いたばかりの行の最後の一語が消えていた。インクごと、なかった。工場全体が、一つの大きな貯金箱のように思えた。わたしは箱を置き、それ以上は近づかなかった。
午前零時、交代の引き継ぎがある。引き継ぎ書は様式第三号だ。わたしは戸叶さんに聞いた。「矢作さんの声は、どこへ行ったんですか」。戸叶さんは書類から目を上げずに答えた。「手順書第十四項により、封入物は取り出しません」。それ以上の答えはなかった。
引き継ぎの席の隅で、わたしは一つの箱の声を聞いた。退治はしない。そういう手順は、どの書式にも載っていない。わたしは、何と呼ばれたいかを尋ねた。答えは返ってきた。けれど、ここには書かない。
戸叶さんは警報を鳴らし、ラインを手順書どおりに止めた。止まるまで八分かかった。残った千四百個は、開けずに倉庫へ積まれた。最後の一個が棚に収まるまで見ていたのは、わたしだけだった。ほかの人は、鳴る箱から目を逸らしていた。
三日後、矢作さんは、かすれた小さな声だけを取り戻した。いつもの声は戻らなかった。彼女は筆談で、わたしに一行だけ書いた。「正しいことを言っただけです」。わたしは、そのとおりだと書き返した。それで何かが戻るわけではなかった。その声は、出荷済みの四百十二個に入ったままだ。箱はもう、境界の向こうの町の店にも並んでいる。回収のための書式は、まだない。どこかの子どもの机の上で、校舎の箱が「増えてません」と言っているかもしれない。
投稿は三日で六分の一に減った。倉庫の箱は鳴らなくなった。でも、振ると今も、量りの針が戻らないように重い。わたしは老松にこの件を話した。彼は紙に一文字だけ書いて見せた。わたしには読めなかった。紙は彼の上着の内側にしまわれた。
引き継ぎ書は受理から二日後、二つの印で決裁された。処理済みの欄に、日付が記入された。
その夜、誰もいない更衣室の奥で、ロッカーの灯りが一つ増えていた。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「ラグビー (イングランド)」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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