焼き鳥のタレ、継ぎ足しの壺に沈んだまま戻らない…

焼き鳥のタレ、継ぎ足しの壺に沈んだまま戻らない店の子

語現鴇江市焼き鳥のタレ継ぎ足し

「焼き鳥のタレ、買ってきてって言ったよね」。屋台ののれんの奥で、店主の宗方さんが孫を叱っていた。孫の千秋くんは、瓶入りのタレを一本、台に置いたところだった。頼んだのはタレ味の串のほうだ、と宗方さんは言う。千秋くんは笑って、目を逸らした。鴇江市の駅裏の、十月の夜のことだ。

この言い方は、その週の市内で何度も揉めていた。タレを頼んだら串が来た。串を頼んだらタレが来た。投稿は三日で四千件を超えた。そのうち千件ほどに、同じ像が混ざっていた。老舗の壺のタレには、創業の日からのものが薄まらずに全部残っている。漬けた串も溶けずに、まだ中にいる。そういう像だ。

材料から書く。宗方さんの壺に入っているのは、醤油と砂糖と酒。それから、五十年分の串の脂だという。わたしは壺を覗いた。黒い表面に、裸電球が丸く映っていた。その丸のまわりを、小さな光の粒がゆっくり回っていた。あなたも、あの粒を見たら数えたくなると思う。

下ごしらえとして、話を聞いた。常連は、近くの天文同好会の人たちだった。その夜も、小惑星が星の前を横切る掩蔽を見てきた帰りだった。星が数秒だけ消えて、また灯る。その長さを測るのだという。会長の女性が壺を見ながら言った。「これ、小惑星帯の図みたいでしょう。入れたものは消えたように見えて、ちゃんと中を回ってるんです」。ほかの常連もうなずいた。誰も、冗談の顔ではなかった。

千秋くんだけが首を振った。大学で化学を学んでいるという。「継ぎ足しで、最初のタレが残るわけないですよ」。毎日一割を使って足せば、一年で元のタレはほとんど消える。五十年なら一滴もない。計算は正しかった。わたしも、そう思う。でも、この件では正しい側には何もできない。わたしは彼の顔を見ないようにして、手帳に書いた。

手順を書く。串を打つ。一度、素焼きにする。壺に沈めて、三つ数えて引き上げる。もう一度焼く。宗方さんは五十年、この順番を変えていない。わたしは手順を全部書き写した。そのあいだ、壺のほうは見なかった。見たくなかった、と言ったほうが正しい。

火加減の項で、それは出た。千秋くんが、証明すると言って人差し指を壺に入れた。味見だよ、と笑った。引き上げた指は、ぬめって光っていた。けれど、壺の表面に映った千秋くんの顔だけが、上がってこなかった。黒いタレの中で、その顔は目を開けたまま、ゆっくり回り始めた。炭火は弱いのに、壺から立つ湯気は体温より少し高かった。

それから、千秋くんはときどき消えるようになった。串を返している途中で、ふっといなくなる。二秒ほどで、同じ場所に戻ってくる。会長が時計を見ながら言った。「掩蔽と同じですね」。消えているあいだ、壺の粒が一つ増える。戻ると減る。消える時間は、夜ごとに長くなった。

わたしも、もう一度壺を覗いた。顔を近づけすぎた。表面に映ったわたしの顔が、一瞬だけ欠けた。電球の丸の中で、片目のところだけが暗くなった。星の前を何かが横切るときと、同じ欠け方だった。慌てて顔を上げた。手帳の今日のページに、茶色い指の跡が一つ付いていた。わたしの指ではなかった。

閉店のあと、わたしは壺の横に座った。退治はしない。そういう方法を、わたしは知らない。粒が回る音を、ただ聞いた。耳を近づけると、炭がはぜるような小さな声が混ざっていた。「まだ、ここにいます」。千秋くんの声に似ていた。わたしは、何と呼ばれたいかを尋ねた。答えはあった。けれど、ここには書かない。

五日目の夜、千秋くんは串を返す途中で消えた。三十秒たっても戻らなかった。一分たっても戻らなかった。焼き網の上には、片面だけ焼けた串が一本残っていた。壺の中で、ひときわ大きな粒が一つ、ほかの粒の輪に加わった。宗方さんも会長も、目を逸らした。最後まで見ていたのは、わたしだけだった。

保存方法を書く。宗方さんは壺を捨てなかった。捨てれば、孫を捨てることになるからだ。千秋くんの計算は、わたしの手帳の端にまだ残っている。最初のタレは、もう一滴もない。それは今も正しい。投稿は一週間で十分の一に減った。粒の回る速さも遅くなった。それでも止まらない。壺の底で、今も回っている。

同好会は、その月の次の掩蔽も観測した。予報では、星は四秒消えるはずだった。実際には五秒消えた。一秒のずれは誤差の範囲だ、と会長は言った。わたしは老松にこの件を話した。彼は何も言わず、うなずきもしなかった。

駅裏で焼き鳥を頼んで、タレか塩かと聞かれたら、塩にしてほしい。壺を覗くのは、あなたの顔が欠けないうちだけにしてほしい。

残ったら、冷凍しておけば一か月はもつ。その夜、誰もいない市役所の四階で、灯りが一つ増えていた。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「(167) ウルダ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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