時刻表記念日に、来ないはずの二時十四分のバスを…

時刻表記念日に、来ないはずの二時十四分のバスを待った人

語現鴇江市時刻表バス停

「次のはがきです。ペンネーム、終バスさん」

「深夜二時をまわりました。電波が少し乱れています。聞こえていますか」

鴇江市のコミュニティ放送には、夜中だけの番組がある。番組の名前は書かない。しゃべる人は一人。はがきを読んで、曲を一つかけるだけの三十分だ。わたしは第四課の机で、この放送を毎晩録音している。録音の整理番号は〇二七。眠らない人だけが聞いている時間帯なので、声の距離が近い。

終バスさんのはがきは、こう始まっていた。「旧道のバス停に、時刻表がまだ貼ってあります」。鴇江市の東側には、去年バイパスが通った。古い道は県道に移管されて、バスは一日三往復に減った。でも、バス停の時刻表は剥がされていない。一日二十二本だった、昔の時刻のままだ。終バスさんは、その表を見て書いていた。「午前二時十四分の欄があります。昔から、この時間にバスは無かったはずです」。しゃべる人は笑って言った。「時刻表に書いてあるなら、来るんじゃないですか」。

その一言が、一週間で四百通のはがきになった。

わたしは投稿した人のうち六人に会った。所要日数は三日。六人とも同じことを言った。「時刻表が先で、バスは後からついてくる」。順番が逆なのだ。時刻表は、走る予定を紙に写したものにすぎない。それを六人とも「紙に書けば走る」と思っていた。受理番号を打ちながら、わたしはこの誤解を書き取った。像はこれで決まった。来るのは、バスの形をしたものだ。書かれた時刻に、書かれたものを連れてくる。局ではこれを、仮に「表待ち」と呼ぶことにした。

一人だけ、正しく分かっている人がいた。元運行管理の田坂さん。四十年、時刻表を作ってきた人だ。「時刻表は結果です。ダイヤを組んで、最後に印刷する。紙が走らせるわけじゃない」。声は古い計器の針のように、少しも揺れなかった。わたしは頷いた。でも田坂さんは、旧道の停留所で二時十四分まで立っていても、何も見なかった。見えないのだ。正しく知っている人のところには、表待ちは来ない。来るのは、来ると信じて書いた人のところだけだ。田坂さんは「理屈に合わない」と三度言って、帰った。

顕れたのは、放送の中だった。「終バスさんから、二通目です」。しゃべる人の声が、電波の乱れで一瞬途切れた。「午前二時十四分、来ました。ヘッドライトが二つ。扉は、乗るほうから開きました。中に、運転手はいません。時刻表だけが、運転席に貼ってあります。わたしの名前が、二時十四分の欄に印刷されていました」。はがきはそこで終わっていた。消印は、放送の三日前だった。投稿より先に、乗っている。わたしは録音を止めなかった。

終バスさんの本名は、投稿者名簿にあった。市内の工場で夜勤をしている、二十代の人だ。わたしは工場に行った。所要日数は二日。同僚が言った。「先週から、朝の点呼に声だけ来るんです」。更衣室のロッカーを開けてもらった。作業着は、たたんだまま冷たかった。体温より少し低い。胸の名札を見て、わたしは手を止めた。手書きだったはずの名前が、印刷の活字に変わっていた。時刻表の数字と、同じ書体だ。わたしは名札を写真に撮り、整理番号を振った。本人は戻っていない。

二時十四分、わたしは旧道のバス停に立った。表待ちは来た。ヘッドライトが二つ。車体は昔のバスの形をしていて、中は容器のように空だった。濡れた道に、タイヤの音だけがしない。扉が開く。わたしは乗らず、いつもの質問をした。「何と呼ばれたいですか」。答えは、車内の放送だった。「次は、終点です。お忘れ物のないよう、ご注意ください」。会話は噛み合わない。質問の相手ではなく、決まった文言だけが返ってくる。わたしは答えを記録しない。

扉が閉まる直前、運転席の時刻表が見えた。二時四十分の欄に、「聞き手」と印刷されていた。わたしの名前ではない。でも、わたしのことだ。扉は、わたしのほうから閉まった。

翌週、番組は打ち切りになった。理由は「機材の更新」だった。はがきは来なくなり、「時刻表に書けば来る」という言い方も、市内から消えていった。旧道の時刻表は、県道の管理事務所が剥がした。移管の書類に一行足すだけの作業で、所要日数は十一日。でも、二時十四分の欄だけは、糊が残っている。雨の日、その場所だけ紙の色に濡れる。バイパスを走る車の音が、旧道まで届く夜がある。残っている。

報告書は一枚で済んだ。はがきは、はかりの分銅のように、重さだけがあった。老松さんが決裁印を押した。彼は何も言わなかった。わたしも何も聞かなかった。整理番号〇二七の録音は、保管庫の三段目に入った。処理は、これで終わった。

放送局の屋上の赤い灯りが、今夜は一つ多い。雨だと思っていたが、霧だった。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「余目バイパス」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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