重大発表の夜、天文台の暗幕の下で名前を読まれた人

重大発表の夜、天文台の暗幕の下で名前を読まれた人

語現鴇江市重大発表天文台

「重大発表は、今夜の十時だって」。十月六日の夕方、鴇江市民天文台の掲示板の前で、高校生の会員がそう言っていた。貼り紙には、重大発表、二十二時とだけ書いてあった。誰が貼ったのかは、誰も知らなかった。

事務室の壁には、手書きの年表があった。会長の楢崎さんが、開館のときから書き足してきたものだという。わたしはそれを写した。

一九六四年四月。丘の上に開館。望遠鏡は一台。

一九七一年。写真乾板で小惑星を探す観測を始める。

一九八九年。乾板の買い置きが尽きる。以後、乾板係が暗室で手作りする。

年表の続きは、今年の秋から急に細かくなる。楢崎さんの字ではない行もあった。

十月二日。掲示板に貼り紙。重大発表の予告。貼った者、記録なし。会員十五名。

十月三日。会員十四名。減った一名の名前、記録なし。乾板に光点一つ。

十月四日。会員十三名。乾板に光点一つ。二名が別々のドームで、同じ位置に記録。

十月五日。会員十二名。乾板に光点一つ。

乾板係の芦間さんは、年表の前でこう言った。「減った人の数と、点の数が同じなんです」。それ以上は何も言わなかった。

灯番号はT-20261006-02。受理は十月六日、十八時二十分。早瀬の集計では、この語は昼から急に増えていた。グラフには、いつもの細かい揺れが乗っていたそうだ。

十九時、わたしは残った十二人に話を聞いた。皆、同じことを言った。重大発表の中身は、時刻が来るまで誰も知らない。発表する人さえ知らない。幕が上がったその場で決まるのだ、と。中学生の会員は言った。「だから前にいたほうがいいんだよ。自分のことが発表されるかもしれないから」。

正しくは違う。中身は前もって決まっている。決めた人が、時刻を選んで知らせるだけだ。楢崎さんは、ずっとそう言い続けていたという。

楢崎さんは、わたしにも同じことを言った。「発表というのは、知っている人が知らない人に伝えることです。中身のない発表なんて、ありません」。その声は小さくなかった。でも、隣にいた会員は一度もこちらを見なかった。

二十時、楢崎さんは貼り紙に中身を書き足した。新しい望遠鏡を買います、と。中身を決めてしまえば、あれは来ないと考えたそうだ。二十一時に見ると、その一行だけが消えていた。紙は、現像する前の乾板のように白く光っていた。楢崎さんが何を言っても、会員たちは振り向かなかった。皆、彼の前を素通りして、ドームへ上がっていった。

二十一時半、ドームの中央に、背の高いものが立っていた。黒い暗幕を頭からかぶっていた。天井に届きそうだった。幕の下から、駅の放送のような声がした。発表まで、あと二十八分です。幕は湿っていて、酢に似た匂いがした。暗室の匂いだと、芦間さんが言った。

わたしは幕の前に立ち、何と呼ばれたいかと尋ねた。答えはあった。記録しない。

二十一時五十八分、幕の縁がわたしの袖に触れた。体温より少し高かった。声が、わたしの名の最初の一音を読みかけた。手帳の受理の行が、白く抜けた。

そのとき芦間さんが、わたしの前に出た。両手で、望遠鏡の脇の乾板の枠を押さえていた。あとで聞いたところでは、今夜の乾板は、彼が作った最後の一枚だったという。

二十二時。幕が上がった。中は空だった。声だけが言った。重大発表。乾板係、芦間。

芦間さんの顔が、裏返った。白かった頬が黒くなり、黒かった目が白くなった。写真の陰画のようだった。声を出そうとして、口だけが白く開いた。それから輪郭が、ドームの暗がりに溶けた。床に、乾板の枠だけが落ちた。音は小さかった。

そのあと、わたしは幕の前に座り、声が数える数字を聞いた。数字は、もう誰のためのものでもなかった。声は、次の発表まであと何分とは言わなかった。ただ、ゼロから先へ数え続けた。わたしは会員たちに頼んだ。今夜はもう、この語を言わないでください、と。十一人は口を閉じた。でも、ネットの上では語はまだ増えていた。延命にしかならなかった。

二十三時を過ぎて、語の数が減り始めたと早瀬から聞いた。暗幕は少しずつ薄くなった。最後には、床に畳まれた布だけが残った。目を逸らさずに見ていたのは、わたしだけだった。布は今も湿って、温かい。芦間さんは戻らない。

説明のつくことはある。語が閾を越えた夜と、会員が減った夜は一致した。消えたのは、時刻に幕のいちばん近くにいた者だけだった。説明のつかないこともある。その夜の乾板には、新しい光点が五つあった。消えた会員は四人だ。五つ目は、わたしが立っていた位置の真上にあった。小惑星なら、夜ごとに動く。この天文台の五つの点は、どれも動かない。

十月六日、二十三時台。公民館裏の自販機の灯りが、一つ増える。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「(883) マッテラニア」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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