使用期限の道と、地図に描き足された店主

使用期限の道と、地図に描き足された店主

語現鴇江市使用期限地図

「この点線、前の版にはなかったんです」と柘植さんは言った。末広商店街の角にある、古い地図店の奥だった。机の上に、鴇江市の町内地図が広げてあった。縮尺は二千五百分の一。商店街の裏から川まで、細い点線が一本通っていた。凡例を見ても、その線の意味は載っていなかった。

柘植さんは七十を過ぎた店主だ。四十年、この町の地図を作ってきた。誤記なら刷り直せばいい、と彼は言った。でも、刷った覚えのない線だった。原版にも線はない。刷り上がった紙にだけ、線がある。店の時計は四時を指していた。

その週、市内では「使用期限」という語がよく使われていた。カセットこんろ、薬、商品券。家の中の期限を確かめよう、という話が広まったからだ。統計官の早瀬さんの集計では、語の数は一日の中で増えたり減ったりした。朝に増え、昼に減り、夜にまた増える。きれいな振動だった。灯番号はT-20261007-01。受理は十月七日の朝だ。

聞き取りには三日かかった。商店街の人たちは、口をそろえて同じことを言った。使用期限が切れた物は、どこかへ返しに行くものだ。返す道があって、期限の切れた物はそこを通って帰っていく。最初は冗談だった。でも、言っているうちに誰も笑わなくなった。

正しい意味は違う。使用期限は、作った側が安全に使えると約束できる期間のことだ。過ぎても物は消えない。保証がなくなるだけだ。柘植さんは、それをよく知っていた。地図にも改版の年が刷ってある。古い版は参考になるだけで、どこへも行かない。

点線は、地図の上で形を変えた。朝に観測すると、道の記号だった。昼に観測すると、川の記号になっていた。夜には、市の境界の記号になった。時間がたつほど、何の線なのかが入れ替わる。でも、線の行き先はいつも同じだった。川のそばの、何も描かれていない空白だ。

四日目の夜、道が歩けるようになった。商店街の裏に、肩幅ほどの細い道が一本できていた。舗装は灰色で、踏むと人の肌くらいに温かかった。甘くて古い、ガスのような匂いがした。道の上を、物が転がっていった。空のボンベ、薬の箱、色あせた商品券。期限の切れた物だけが、誰にも押されずに川の方へ進んでいく。

わたしは缶を一つ拾って、はかりに載せた。缶の質量は、表示の半分しかなかった。翌朝には、はかりの針が動かなかった。缶はそこにある。手に持つと冷たい。でも、重さだけがない。わたしは缶を机の端に置いて、お茶を飲んだ。

柘植さんは、道の入り口に立って説明した。使用期限は約束の期間です。物が帰る場所なんて、どこにもありません。声は落ち着いていた。言っていることは正しかった。だけど道は、彼の言葉に少しも従わなかった。正しい意味を知る人の声は、誤解でできた道には届かない。彼が話しているあいだに、ボンベが三本、彼の足もとを通り過ぎた。

その夜、柘植さんは道に入った。奥さんの古い万年筆が、道の上を転がっていったからだ。インクの期限は、とうに切れていた。わたしは止めた。彼は、期限なんて目安です、と言って歩いていった。

わたしが追いついたとき、彼は空白の手前で立ち止まっていた。足首から上に、小さな文字が並んでいた。地図の注記と同じ、細い字だった。使用期限、と読めた。その下に、昨日の日付があった。文字は靴下の上から、皮膚の中へしみこむように濃くなっていった。柘植さんは自分の足を見下ろした。何か言おうとした。出てきたのは、凡例を読み上げるような平たい声だった。道。川。境界。それだけだった。

わたしは、何と呼ばれたいですか、と尋ねた。柘植さんにではない。道に尋ねた。道は黙っていた。答えがあったとしても、わたしはそれを記録していない。

そのとき、道がわたしの足もとへ伸びてきた。灰色の舗装が、靴の先に触れた。温かかった。わたしは胸の職員証を見た。期限の欄は空白だった。道はわたしの靴の前で止まり、迷うように細かく揺れた。しばらく揺れてから、引いていった。

柘植さんは、もう振り向かなかった。注記の文字は、首まで上がっていた。彼はそのまま、空白の中へ歩いていった。空白は白かった。紙の白さと同じだった。足音は三歩で聞こえなくなった。最後まで見ていたのは、わたしひとりだった。

次の週、語の数は減った。振動の幅が小さくなり、やがて平らになった。市は町内地図を改版した。新しい版に、点線はなかった。商店街の裏の道も、ある朝消えていた。舗装のあった場所だけ、土が少し温かい。延命にもならなかった。わたしは間に合わなかった。

改版した地図を、わたしは一枚もらった。川のそばの空白に、前の版にはなかった小さな注記が一つある。細い字が集まって、人の形をしている。観測するたびに、その形は少しずつ違う方を向いている。柘植さんは戻らない。地図店のシャッターは、今も閉まったままだ。

説明のつくことはある。語の数が多かった夜と、道が歩けた夜は一致した。道に入ったのは、期限の切れた物と、それを追いかけた人だけだった。説明のつかないこともある。拾った缶は、今も重さがない。それなのに、わたしの机の上で、毎朝少しずつ川の方角へ動いている。

その朝、時計屋の前で、子どもが傘を逆さに持って歩いていた。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「ニュートリノ振動」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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