決勝進出と、校了の手前で揺れる茶色い帯

決勝進出と、校了の手前で揺れる茶色い帯

語現鴇江市決勝進出校正赤字

赤いボールペンが、紙をこする音がしていた。ときえ製版所の二階は、夕方になると机が西日で赤く見える。校正係の汐見さんは、月末に出す市の広報のゲラを読んでいた。ゲラというのは、刷る前に一度だけ出す、ためしの紙のことだ。机のはしには、郷土資料館のパンフレットの初校も積んであった。表紙は海の写真で、茶色い褐藻が岩から帯のように立っていた。

わたしのところに灯がともったのは、九月三十日の夕方だった。その日の二番目の灯だった。鴇江市の書き込みで、決勝進出という語が急にふえていた。市内の高校が、秋の大会で決勝に進んだのだ。書き込みの多くには、もう勝ったようなもの、という言い方がついていた。わたしは広報の記事を確かめに、製版所へ来ていた。

来る途中、末広商店街のつばめクリーニングの前を通った。天井に下がっている白い袋が、道のほうを向いていた。先週まで、あれは店の奥を向いていた。店の人は気づいていなかった。袋の下を、自転車が一台通りすぎた。

製版所の人たちに話を聞いた。営業の岩城さんは、決勝進出はもう優勝だと言った。進んだ時点で本番は終わっていて、決勝はおまけだという。パートの人も同じことを言った。祝勝会は決勝の前にやるものだ、と笑った。みんなが同じ絵を思い浮かべていた。手をふったまま、歓声の中で立ち止まっている人たちの絵だった。わたしはその絵を、誤解のかたちとして手帳に書いた。

(赤字)見出し「鴇江北、決勝進出。祝勝会は明日」。進出は優勝ではない。祝勝会を、壮行会に直す。汐見

汐見さんは正しかった。汐見さんは四十年、スポーツの記事に赤字を入れてきた人だ。決勝に進むというのは、まだ一試合残っているということだ。汐見さんは、それをだれよりもよく知っていた。赤字を入れ終えると、汐見さんはゲラを再校の箱に入れた。

再校が上がってきたのは、夜の九時だった。見出しは直っていなかった。祝勝会は明日、が、祝勝会は今日、に変わっていた。汐見さんは、もう一度赤字を入れた。三校では、祝勝会はずっと、になっていた。

(赤字)直していない。祝勝会はやめない。まだ終わっていない、を、もう終わっている、に直す。汐見

汐見さんは、そんな赤字を書いた覚えはないと言った。でも、字は汐見さんの字だった。赤い線は、乾くと茶色になった。茶色の線は、紙からはがれて立ち上がった。細い帯が何本も、机の上でゆれはじめた。海の中の藻場のようだった。潮のにおいがした。帯の根もとには、付着器のような丸いこぶがあった。こぶは、汐見さんの指に吸いついた。

汐見さんは赤ペンで、帯の一本一本に線を引いた。これは誤りです、と言った。線を引くたびに、帯は一本ふえた。岩城さんは、ただ見ていた。岩城さんの足もとには、何も生えなかった。正しいことを書く人の足だけが、床に根をおろしていった。赤字、赤字、赤字。直すほど、ゲラは誤解のほうへ正しくなっていった。

(赤字)誤りなし。進出を、優勝に直す。祝勝会、済み。汐見

その赤字が書かれたとき、汐見さんのペンは紙にふれていなかった。わたしは、それを見ていた。赤い線は、ペン先の少し下で、ひとりでに引かれていった。汐見さんは紙の上の字を読んで、うなずいた。それから、首を横にふった。うなずくのと首をふるのが、同じ速さでくり返された。岩城さんが、汐見さん、もう帰りましょう、と言った。汐見さんは、決勝のあとで、と答えた。決勝は、まだ三日も先だった。

汐見さんの靴の底から、茶色いこぶがひろがった。こぶは床板に吸いついて、はがれなかった。汐見さんは立ち上がろうとして、とちゅうで止まった。腰を半分上げたまま、ゆっくり前後にゆれはじめた。赤ペンの先は、紙から一ミリ上で止まっていた。あと一画で、その赤字は終わるはずだった。汐見さんの顔は笑っていた。決勝の前の夜の、祝勝会の顔だった。

わたしは汐見さんのとなりにしゃがんだ。帯に、何と呼ばれたいかを聞いた。帯は、ざあ、と波のような音で答えた。答えは書かない。そのとき、わたしの左の靴が床から上がらなくなった。靴の底が、ぬるりと温かかった。手帳の最後の行を書こうとして、ペンが止まっていた。あと一字で、この記録は終わるはずだった。わたしは最後の字を書かずに、次の行へ移った。靴は、床からはがれた。理由は分からない。岩城さんに頼んで、汐見さんのゲラの赤字を一行ずらしてもらった。何も変わらなかった。

次の日の昼、言祝会の鵜飼さんが、祭文のゲラを受け取りに来た。となりの机で、わたしはそのゲラを見た。わたしの記録の書き方に、そっくりな一節があった。わたしは、それを書いていない。書いていない、とは思う。鵜飼さんは汐見さんを見て、手を合わせた。それから、わたしに聞いた。恐怖に意味をあたえることは、恐怖をへらすのか、ふやすのか、と。

わたしは、職員としての答えを言った。意味をあたえると、みんなの頭の中の絵がそろう。そろった絵は、実体になりやすい。だから、ふやす。鵜飼さんは、あなたも顕現なのだから分かるでしょう、と言った。わたしは、ちがう、と言おうとした。でも、ちがう、のあとに続く語がなかった。顕現ではない。何かの使いでもない。何でもない、とも言えなかった。答えは正しかった。正しく答えられたことが、いやだった。

鵜飼さんは、名前をつければ怖いものはおとなしくなる、と言った。名前、と言った。その直後、階段の下に男の子が立っていた。名前のない、あの子だった。わたしは手帳をめくった。あの子を見た日の、すぐ前の行を読んだ。そこにはいつも、だれかの言った「名前」という語があった。七月も、八月もそうだった。わたしは、それを今日まで数えていなかった。男の子は、しばらく汐見さんを見ていた。それから、いなくなった。

決勝の日が過ぎると、決勝進出という語は書き込みから消えた。高校が勝ったのか負けたのか、書く人はもういなかった。茶色い帯も細くなって、机の上から見えなくなった。でも、消えてはいない。製版所の二階の床のすみには、今も茶色いこぶがいくつか吸いついている。そこだけ、小さな藻場のようにゆれている。掃除の人は、そこだけモップをよけている。

汐見さんは、もどらなかった。今も同じ机で、腰を半分上げたまま、ゆっくりゆれている。赤ペンの先は、紙から一ミリ上にある。月末号は、校了にならなかった。製版所は、再校を刷り続けている。刷るたびに、見出しの祝勝会は少しずつ前の日付になっていく。汐見さんは、そのたびに笑う。

わたしは記録にもどった。灯番号を書き、日付を書いた。最後の行は、書かずにおいた。それから、お茶を一杯のんで、手帳を閉じた。

(赤字)見出し、このまま。汐見

(赤字)三十日の天気、晴れ、を、うす曇り、に直す。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「カジメ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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