洗濯日和と、しだれ桜に干された見回りの人

洗濯日和と、しだれ桜に干された見回りの人

語現鴇江市洗濯日和しだれ桜

「懐中電灯は、下に向けてください。上を照らすと、ベランダの人が起きるので」警備員の谷口さんは、そう言って鍵束を鳴らした。朝の四時半だった。鴇江市の北のはしにある、ときえ台団地の管理棟の前だった。空はまだ暗く、街灯だけが白く光っていた。

わたしがここへ来たのは、前の晩に灯がともったからだ。十月一日の、最初の灯だった。市内の書き込みで、洗濯日和という語が急にふえていた。雨が何日も続いたあとで、晴れの予報が出ていた。書き込みには、ほとんど同じ言い方がついていた。晴れなら、外に出したものは何でも乾く。

団地の人たちにも、前の日に話を聞いていた。みんな、同じ絵を思い浮かべていた。青い空の下で、干したものが一枚残らず、からからに乾いている絵だ。湿っていても、厚くても、関係ない。晴れていれば、乾く。わたしはそれを、誤解のかたちとして手帳に書いた。一行だけだった。

谷口さんの見回りには、決まった順路がある。管理棟を出て、自転車置き場。A棟の裏。中庭のしだれ桜。給水塔。ゴミ置き場。そして管理棟にもどる。一周で三十分。点検表に、場所ごとの印をつけていく。あなたも、夜の見回りを一度だけ想像してみてほしい。同じ道を、同じ明かりで、同じ順に見ていくのだ。

一周目は、何も起きなかった。自転車置き場の屋根から、雨のしずくが落ちていた。A棟の裏では、街灯が三本おきに一本、暗くなっていた。中庭のしだれ桜は、古い木だった。管理人の話では、エドヒガンという桜の仲間から生まれた栽培品種だという。細い枝垂れが、地面すれすれまで下がっていた。枝には、何もかかっていなかった。

木の下のベンチに、老人がひとり座っていた。老松さんだった。わたしは、そのとき初めて老松さんに会った。局の古い名簿で、顔だけは知っていた。あいさつをしても、老松さんは何も言わなかった。ただ、ぬれたベンチに、指で一文字だけ書いた。わたしには、その字が読めなかった。字はすぐに、しずくで流れた。

給水塔をすぎたころ、谷口さんが言った。「今日は乾きませんよ、たぶん」谷口さんは警備の前に、ビルの空調を点検する仕事をしていた。毎日、湿度計を見ていたという。雨のあとの朝は、晴れても湿気が多い。風もない。だから外に干しても、夕方まで生乾きになる。それが本当のところだった。谷口さんは、正しかった。

管理棟にもどると、谷口さんは無線で一周目の報告をした。異常なし。点検表に時刻を書き、鍵束を机の釘にかけた。ポットの湯で、インスタントのコーヒーをいれた。わたしにも一杯くれた。紙コップは、生ぬるかった。五時半、二周目に出た。空が白くなり始めていた。

自転車置き場は、同じだった。A棟の裏の街灯も、同じだった。ベランダには、もう洗濯物が出はじめていた。シーツ、タオル、子どものシャツ。みんな、今日は乾くと信じて干していた。中庭に入ったところで、谷口さんが足を止めた。懐中電灯の光が、そこで止まった。

しだれ桜だけが、ちがっていた。垂れた枝の一本一本に、何かがかかっていた。洗濯物だった。でも、団地のだれのものでもなかった。白いシャツ、くつ下、手ぬぐい、古い作業着。どれも、からからに乾いていた。枝は物干しのひものように、ぴんと張っていた。近づくと、日なたの布のにおいがした。さらさらと、乾いた布がこすれる音がした。風は、少しもなかった。

「あれ、湿ってますよ。夜露で」谷口さんは、懐中電灯を上に向けた。枝の作業着を照らした。「こんなの、乾くわけがない」谷口さんは手をのばし、作業着を枝から外そうとした。正しい人の、正しい手つきだった。

作業着の袖が、谷口さんの手首にからみついた。枝がしなって、谷口さんの体を持ち上げた。足が、地面から離れた。「湿ってる」と、谷口さんはもう一度言った。その声が、とちゅうでかすれた。シャツの布がこすれる音と、同じ音になった。

谷口さんの顔から、つやが消えていった。頬がへこみ、指が細くなった。制服の上着が、体ごと平たくなっていった。三分もかからなかった。谷口さんは、物干しのシャツのように、枝に吊られていた。厚みがなかった。朝の光が、谷口さんを向こうがわから透かしていた。あなたは、目を逸らしたほうがいい。わたしは、逸らさなかった。

老松さんは、ベンチに座ったままだった。雨でしめった上着のまま、枝を見上げていた。でも、枝は老松さんに一本ものびなかった。ベランダから、子どもの声がした。今日はよく乾くね、と母親が答えていた。

わたしは枝の下に立ち、どう呼んでほしいかを聞いた。枝は、さらさらと答えた。答えは書かない。そのとき、手帳の紙がそり返った。手の甲の皮が、きゅっと縮んだ。のどが、急にかわいた。わたしは、ここは乾かない、と思いかけた。思うのを、やめた。一歩下がると、手帳はもとの紙にもどった。

記録。洗濯日和。中庭。一名。それだけ書いて、ペンが止まった。前なら、もっと書いた。今日は、書く言葉が見つからなかった。顔を上げると、老松さんはもうベンチにいなかった。ベンチの字のあとも、乾いて消えていた。

昼すぎから雲が出て、夕方には小雨になった。洗濯日和という語は、書き込みから消えた。しだれ桜の洗濯物も、雨の中で見えなくなった。でも、消えてはいない。晴れた朝にだけ、枝の一本が、ぴんと張る。何もかかっていないのに、さらさらと音がする。

谷口さんは、もどらなかった。枝から下ろそうとした人は、だれもいなかった。団地の人たちには、白い作業着にしか見えなかったからだ。三日後、管理会社の人が点検表に「無断で退職」と書いた。今も晴れた朝、あの枝には、厚みのない制服が一枚かかっている。あなたの住むところの中庭にも、よく乾く木が一本あるかもしれない。

給水塔の向こうの、だれも住んでいない棟で、窓の灯りがひとつ増えていた。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。

題材の着想: ウィキペディアの記事「シダレザクラ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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