週の真ん中と、湯船の真ん中で反り返る白いもの

週の真ん中と、湯船の真ん中で反り返る白いもの

語現鴇江市週の真ん中銭湯

「週の真ん中まで来たら、あとは帰るだけだからね」。脱衣所で、戸川さんはそう言いながら靴下を脱いだ。水曜の朝十時。鴇江市の銭湯「かめ湯」が開いてすぐのことだ。脱衣かごには番号がついていて、戸川さんはいつも十四番を使う。番台の横には、水曜だけ売られる三日月の形の焼き菓子が並んでいた。アーモンドの甘い匂いが、湯気の手前まで来ていた。

わたしがかめ湯に来たのは、受理票を一枚持っていたからだ。灯番号 T-20260930-01。今朝受理されたばかりの件だった。鴇江市の書き込みで、「週の真ん中」が一週間で四倍に増えていた。それだけなら珍しくない。気になったのは、使い方がそろっていたことだ。「真ん中を過ぎたら帰り道」「あとは折り返すだけ」。みんなが週を、プールの往復のように書いていた。

洗い場で、わたしは常連の人たちに聞いて回った。週の真ん中とは何か。答えはほとんど同じだった。「水曜でしょ。そこで向きを変えて、あとは戻るの」。どこへ戻るのかと聞くと、みんな少し困った顔をした。「月曜のほうへ、かな」。つまり、週は進むものではなく、行って帰ってくるものだと思われている。真ん中には、向きを変えるために手をつく壁がある。これがこの語の像だった。わたしは記録用紙の三番の欄に、その一行を書いた。

番台の孫の詩織さんは高校二年生で、この話を笑った。「一週間は七日で、真ん中は水曜のお昼。それだけ。折り返しなんてないよ。木曜は木曜だし、火曜には戻らない」。そのとおりだ。正しいのは詩織さんのほうだった。脱衣所の壁には、見なれないちらしが一枚貼ってあった。「真ん中は恵みの折り返し。水曜の湯で、身を返しましょう」。下のほうに、言祝会という団体の名前が小さく入っていた。文の切り方が、わたしの記録の書き方に少し似ていた。

湯船は大きなものが一つで、真ん中をタイルの低い仕切りが横切っている。水曜の変わり湯は、オレンジの花の香りの湯だった。十一時すぎ、ボイラーの音が強くなり、湯気が濃くなった。天井の電灯が、白くまるくにじんだ。そのとき、仕切りの上に何かが立っているのが見えた。

白くて細長いものだった。人の形をしている。でも腰から後ろへ大きく反り、頭が自分のかかとに届いていた。体ぜんたいが、三日月のように曲がっている。逆さまの顔が、湯の面すれすれにあった。目も口も、封をしたままの封筒のように平たかった。まわりの湯は、体温より少し熱かった。オレンジの花の香りの中に、あのアーモンドの匂いが混じっていた。

戸川さんが、湯の中を仕切りのほうへ歩いていった。「さて、折り返しだ」。そう言って、仕切りのタイルに手をついた。白いものの逆さまの顔が、ゆっくり戸川さんのほうを向いた。ぱきん、と小さな音がした。空の桶をタイルに置いたときのような、乾いた音だった。戸川さんは、何ごともなかったように向きを変えた。ただ、その背中が、ほんの少し後ろへ反っていた。

詩織さんは洗い場にいて、戸川さんを見ていた。見ていたのに、白いものは見えていなかった。「戸川さん、ストレッチしてる」と彼女は笑った。わたしが仕切りを指さしても、「湯気しかないよ」と言った。正しく分かっている人には、あれは見えない。見えないものには、手の出しようがない。詩織さんはそのあとも、戸川さんの背中を軽くたたいて「まっすぐ、まっすぐ」と冗談を言っていた。

わたしは仕切りのそばまで行き、白いものに聞いた。「何と呼ばれたいですか」。答えはなかった。逆さまの顔が、わたしの手帳のほうへ下りてきた。手帳がひとりでに開いた。真ん中のページが、音もなく内側へ折れはじめた。わたしの背中の骨も、後ろへ引かれるように冷たくなった。わたしは一歩下がった。それだけで、湯気の中からそれは消えていた。わたしは用紙の五番の欄に、この名前を仮に書いた。湯折。

木曜、戸川さんは十時に来て、「今日は火曜だね」と言った。詩織さんが「木曜だよ」と返した。戸川さんは笑って、火曜の新聞にのっていた話をした。背中は、前の日よりはっきり反っていた。金曜には「月曜だ、また一週間か」と言った。脱衣所の体重計に乗ると、針は毎日きっちり同じ目盛りで止まった。わたしは毎日同じ時刻に行き、戸川さんの話を聞いて、用紙に書いた。受理から三日で、用紙は四枚になった。わたしにできることは、それだけだった。

土曜、わたしは番台のおかみさんに、戸川さんをしばらく休ませてほしいとたのんだ。おかみさんは帳場の紙を見たまま答えた。「大人五百二十円、小学生百八十円です。ご入浴は閉店の三十分前までにお願いします」。わたしはもう一度たのんだ。返ってきたのは、同じ文句だった。

日曜の夜、閉店は十一時だ。戸川さんは十時半に来た。背中はもう、ほとんど輪になりかけていた。頭が、振り子のように腰のうしろで揺れていた。それでも本人は「月曜の朝だ。はじまりに戻ったよ」とうれしそうだった。わたしが目をはなしたのは、のれんを下ろす音がした一回だけだ。ふり返ると、十四番の脱衣かごに戸川さんの服が入っていた。シャツもズボンも、腰のところで二つ折りにされ、きちんと重ねてあった。戸川さんは、どこにもいなかった。家にもいなかった。それから今日まで、帰ってきていない。

十月に入ると、「週の真ん中」の書き込みはふつうの数に戻った。仕切りの上にも、もう何も立たない。それでも水曜の十一時すぎに湯気が濃くなると、オレンジの花の香りの中に、アーモンドの匂いがうすく混じる。詩織さんには、その匂いも分からないそうだ。だれもいない湯船で、仕切りのそばの湯だけが、ときどき少し熱い。

多くの人が、週を往復だと思いこんだ。だから、真ん中で人を折り返させるものが出た。戸川さんは月曜まで戻り切り、その先が無くなった。そこまでは筋が通る。でも、あれがなぜ、わたしの手帳の真ん中のページを折ったあと、元どおりに広げて返したのかは分からない。広げたページには、折り目が一本だけ残っている。

記録用紙は七枚になった。受理から十二日で決裁の印が三つそろい、この件は処理済みの箱に入った。十四番の脱衣かごは、今も空いたまま番号札を下げている。

その夜、鴇江市は小雨だった。いや、小雨ではなかった。まだ名前のない細かい霧が、街灯の下にだけ降っていた。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「ガゼルの足首」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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