寝落ちの最後の一行を解読した夜、水の引いた運河で

寝落ちの最後の一行を解読した夜、水の引いた運河で

語現鴇江市寝落ち運河

「最後の行、また変な字になってる。ねえ、これ読める?」

宇佐美さんが、スマホの画面をこちらへ傾けた。運河沿いの古い毛織物の工場を直したシェアハウスの、共用ラウンジだ。住人たちはここを「オアシス」と呼んでいる。乾いた夜でも、ここだけは湯気と話し声があるからだ。画面には、昨夜の通話のチャットが残っていた。最後の一行は、意味のないひらがなの並びだった。宇佐美さんが寝落ちする直前に打った文字だ。わたしは覗きこんで、すぐには目を逸らせなかった。

わたしがここへ来たのは、十月に入ってから、鴇江市の深夜の投稿で「寝落ち」という語が急に増えていたからだ。昼間の数は変わらない。午前二時から四時だけが、先月の三倍近くになっていた。しかも多くの投稿が、同じ形をしていた。誰かの打ち間違いの一行を貼り、「解読して」と書く。番号はT-20261009-01で受けた。……あなたも、寝る前に打った一行を見返したことがあるだろうか。

聞き取りには三晩かけた。住人たちの考えは、ほとんど同じだった。寝落ちとは、眠ったままどこかへ落ちていくことだ。だから落ちる直前の文字は、落ちていく先から届いた報せになる。読むには鍵がいる。眠い指は、決まって一つ右のキーへずれる。だから全部の文字を一つ左へ戻せば、本当の文が出てくる。浪人生の小野寺くんは、文字の出る回数まで数えていた。「『お』が多いんです。落ちる、の『お』ですよ」。わたしはその表を見て、黙って書き写した。

時任さんだけは違った。プログラムを書く仕事をしていて、入力の癖にくわしい。「寝落ちは、何かの途中で眠ってしまうことです。どこにも落ちません。眠いときの打ち間違いは、右にも左にもずれる。鍵なんてないですよ」。正しい。わたしもそう思う。でも、この語の像を作っているのは時任さんではない。毎晩貼られる何百もの一行と、それを読もうとする人たちのほうだ。時任さんは、みんなの解読の画面を見ようともしなかった。

四晩目、わたしは手続きのために一時間を使った。通話を記録する許可の書類に、住人それぞれの署名をもらうのだ。ラウンジの蛍光灯は一本だけ切れていて、机の上に縞のような影ができていた。署名欄を覗くと、宇佐美さんの字は右に傾き、時任さんの字はまっすぐだった。どうでもいいことを、わたしはなぜか丁寧に見ていた。あなたなら、ここで帰っていたかもしれない。

その夜の通話で、宇佐美さんはまた寝落ちした。午前三時十二分。最後の一行が画面に出た。小野寺くんが表を広げ、一文字ずつ左へ戻していく。みんな黙って、その手元を見ていた。出てきた文は、こうだった。

「うんがの みずが ひいたら おりておいで」

次の朝、運河の水門が点検のために閉じられた。点検の予定は、どこにも知らされていなかった。工場の裏の水路から、水がゆっくり引いていった。底には黒い泥と、古い糸巻きがいくつも沈んでいた。宇佐美さんの部屋は空だった。布団はまだ温かい。枕元のスマホを見ると、通話は切れたまま、入力欄に打ちかけの文字が増え続けていた。

わたしは裏の石段に立ち、水の引いた運河を覗いた。泥の上に、長い布のようなものが横たわっていた。幅は毛布ほどで、終わりが見えない。乾いた羊毛の匂いがした。濡れた泥の上なのに、それは砂のように乾いて見えた。その布の端を、宇佐美さんが抱いて眠っていた。パジャマのまま、裸足だった。石段を一段ずつ下りた足跡が、泥に残っていた。

時任さんが石段を駆け下りた。「宇佐美さん、起きて。ただの寝落ちだよ」。でも彼には、布が見えていなかった。布の上を、何もないように踏んで歩いた。宇佐美さんの肩をつかもうとして、その手は何度もすべった。彼女の体は、布ごと少しずつ泥の奥へ運ばれていく。鍵などないと知っている彼には、あの文が読めない。だから、彼女がどこへ落ちたのかも見えないのだ。わたしは目を逸らさなかった。

わたしは泥に膝をついて、布に話しかけた。「何と呼ばれたいですか」。織り目が、寝息の速さでふくらんだ。答えは聞こえた。でも、ここには書かない。かわりに布の奥から、宇佐美さんではない声がした。「わたしは、つぎに、ききにいく」。その「わたし」は、わたしがこの記録に書く「わたし」と同じ形に聞こえた。気づくと、まぶたが重かった。手帳を持つ指が、右へずれかけていた。布は、体温より少しだけ温かかった。

宇佐美さんは、布の端を抱いたまま泥に沈んだ。顔は最後まで、静かに眠っていた。口だけが動いて、意味のない文字を小さく数えていた。三日後に水門が開き、運河はまた水で満ちた。宇佐美さんは戻らなかった。深夜の「解読して」という投稿は、二週間で十分の一に減った。それでも水路の底を見ると、一か所だけ、水が白く毛羽立っている。乾いた羊毛のように。

わたしの手帳には、あの夜の最後のページに、わたしの字で五文字が残っている。書いた覚えはない。小野寺くんの鍵で戻すと「きくひと」になった。一文字だけ余る。その余りを、わたしはまだ読んでいない。……読むのは、あなたかもしれない。

帰り道、閉まった時計屋の奥の、誰も見ていない棚の上で、灯りが一つ増えていた。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「ビーカーネール」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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