さつまいもの日、カルストの畑で十三里のつるを引…

さつまいもの日、カルストの畑で十三里のつるを引いた人

語現鴇江市さつまいもの日芋掘り

「つるの上に立っちゃだめだよ」。小学生の女の子が、あぜの途中で足を止めた。鴇江市の南にある、カルストの台地の芋畑だった。白い石灰岩が、赤い土のあちこちから頭を出している。朝の七時半で、土はまだ冷たかった。あなたも、この子の足元を一緒に覗いてみてほしい。

女の子が指さした先には、何もないように見えた。ただ、畝と畝のあいだに、細い線が一本あった。そこだけ草が生えていない。線はまっすぐ北へ延び、使われなくなった牧舎の脇を通って、畑の端に残る古い砦の跡、その石垣の下へ消えていた。「芋のつるが、下を通ってるの。十三里先まで」。母親は笑わずにうなずいた。誰も、その線を踏まなかった。

前の夜、市内で「さつまいもの日」という語が急に増えていた。十月十三日。さつまいもは「十三里」とも呼ばれる。由来は、ことば遊びだ。栗(九里)より(四里)うまい。九と四を足して十三。それだけの話である。でも、増えた書き込みの多くは、別の意味で使っていた。わたしは百件ほど覗いた。六割が、同じ像を持っていた。

像はこうだ。十三里とは、つるが地下で伸びる長さのこと。さつまいもの日につるを引くと、十三里先までつながっているものが、全部いっしょに上がってくる。だから線を踏んではいけない。つるに触ってもいけない。聞き取りをした九人のうち、七人がほぼ同じ言葉でそう言った。残る二人は、つるの話を知らなかった。でも、線を踏まない理由を聞くと、二人とも「なんとなく」と答えた。像は、知らない人の足まで止めていた。

この秋から、わたしの記録は短くなった。だから項目だけを並べる。名称、とおづる(仮)。分布、南台地の芋畑三枚。特徴、親指ほどの太さで、色は赤紫。地下を北へ延び、地表には草の生えない線として出る。触ると、人の肌よりぬるく温かい。見分け方、線を踏まなければ引かれない。

その日は、地元の芋掘り会だった。参加者は二十二人。わたしは受付の机で名簿を作った。名前、住所、長靴の大きさ。軍手を一人二組ずつ配る。スコップの数を数える。十四本。一本だけ柄の折れたものがあった。わたしはそれを脇へ寄せて、名簿の端に印をつけた。そういう手続きのあいだも、線は畑の中で、少しも動かなかった。

宮内さんは五十代の男性で、近くの干し芋工場に勤めていた。誰よりも芋にくわしい。「十三里なんて、しゃれですよ。つるは長くても数メートルです」。彼は正しかった。正しいから、線の上に平気で立った。子どもたちが目を逸らすなか、彼はあぜの端から出ていた赤紫のつるをつかみ、笑って引いた。「ほら、ただのつるだ」。

芋が一つ上がった。二つ、三つ。そのあとに、さびた鉄の留め金が出てきた。砦の跡のものらしい。続いて、片方だけの子どもの靴。牧舎の板壁が、内側から一度だけ鳴った。土の奥から、ぬれた布を裂くような音がした。見分け方の項は、ここで使えなくなった。線を踏んでいない者まで、足元の草が、輪を描くように枯れはじめたからだ。

宮内さんは手を離そうとした。離れなかった。軍手の指が、つるの表面に沈んでいた。引いた者は、つながっているもの。誤解のとおりだった。つるが、今度は向こうから引いた。彼の体は線の上を、石灰岩にぶつかりながら北へすべった。わたしは走って、彼の上着の背をつかんだ。あなたなら、手を離しただろうか。

そのとき、わたしの足首にも、温かいものが巻きついた。強く締まった。けれど一呼吸のあと、つるは何もつかまずに離れた。わたしはつるに顔を近づけて聞いた。「何と呼ばれたいですか」。つるの動きが、ほんの少しだけ止まった。答えは記録しない。止まっていたのは、二分ほどだった。延命は、それで終わった。

宮内さんは振り向いて、わたしに言った。「工場の、乾燥機の火を」。最後まで言えなかった。つるは彼を砦の石垣の下へ引いた。そこには、カルストの台地によくある、すり鉢形のくぼみがあった。彼の体は、肩から先に、土の暗がりへ沈んだ。赤い土が、音もなく閉じた。皆が目を逸らした。わたしだけが、最後まで見ていた。残ったのは、石の上の軍手が一組だけだった。

夜になって、語の書き込みは減った。線は薄れた。それでも、線の上に草は戻らなかった。備考。翌朝、線の上に新しい芽が一本出ていた。葉の形は、さつまいもではない。どの図鑑の葉とも合わない。分類できない。宮内さんは戻っていない。工場の乾燥機は、誰も芋を入れていないのに、毎朝一枚ぶんだけ温まっている。

三日後、わたしは石垣の下のくぼみを、もう一度覗いた。土は乾いて、ひびが入っていた。ひびの一本は、北へまっすぐ延びていた。耳を近づけると、ずっと奥で、何かを引きずるような低い音がした。十三里がどこまでなのか、わたしは測らなかった。測れば、その先につながっているものの名前を、記録に書くことになるからだ。

あなたの帰り道の、誰も通らない角にも、きのうまでなかった街灯が一つ、ともっているかもしれない。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「セジャーナ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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