休み明けの点呼で、部室の奥から返事が一つ多い
「休み明けは、点呼を二回やるんです」。山岳部の部長の岩倉くんは、部室の鍵を回しながらそう言った。三連休が明けた火曜日の放課後だった。壁には裏山の地形図が貼ってある。尾根の上に赤い丸が一つ。部員たちが「分水点」と呼ぶ場所だ。そこに降った雨は、三つの谷へ分かれて流れる。三本の川の源流は、どれもこの一点から始まっている。
二回やる理由を、部員たちは同じ言葉で説明した。「休み明けは、まだ半分休みに置いてきてるから」。一回目の点呼で返事をするのは、学校に来た半分。二回目で、遅れて戻ってきた残りの半分が返事をする。もちろん冗談だ。去年の先輩が言い出した合言葉に過ぎない。でも、この秋は部員の全員が、同じ絵を思い浮かべてそれを言っていた。体は来ているのに、中身の一部が連休の向こうに残っている絵だ。
局の観測では、連休三日目の夜から、この言い回しが市の北の高校で急に増えていた。わたしは部室の隅で記録用紙に受理日を書いた。後で見ると、そこには前日の日付があった。一日、ずれていた。そのとき、わたしは気づかなかった。
わたしは部員に一人ずつ聞いた。何が半分残っているのか。一年生の子は「休みの気分です」と答えた。二年の水城さんは少し考えてから言った。「休めた、っていう感じのほうです」。ほかの子も、ほぼ同じことを言った。つまり、休みの側に残るのは「休んだ」という手応えだ。だから休み明けの体は、休んでいない。これが、この部の共有した像だった。
下校放送が鳴った。窓の外が急に暗くなった。二回目の点呼が始まった。岩倉くんが名簿を読む。「水城」。「はい」と目の前の水城さんが答えた。岩倉くんは一応、という顔で、もう一度だけ同じ名前を呼んだ。すると部室の奥、ザックの棚の暗がりから「はい」と返った。同じ声だった。棚の陰に、膝を抱えた人の形があった。輪郭だけで、中は連休の朝の窓のように白く明るい。日焼け止めの匂いがした。体温より少し高い風が、足首をなでた。わたしは記録に、それを「明け残り」と書いた。
岩倉くんには、それが見えていなかった。彼だけは、休み明けがただの「休日の次の日」だと正しく分かっていた。合言葉も、ただの冗談として口にしていた。だから名簿の数は、彼の目にはきちんと合っていた。「全員いる。十一人」。実際には十二の返事があった。正しく数えられる人ほど、一人多いことに気づけない。
水城さんが、のどを押さえた。「なんか、声が」。その声は、いつもの半分の大きさしかなかった。棚の陰の人形が、代わりに続きを言った。「わたしは、まだ休みにいます」。その声は大きく、楽しそうだった。床を見て、わたしは息を止めた。蛍光灯の真下なのに、水城さんの影は左の肩までしかなかった。右半分が、床から消えていた。
わたしは棚に近づいた。足元が急に冷たくなった。床を水が流れていた。部室に水道はない。水は部屋の真ん中で三つに分かれ、そのうち一筋だけが、わたしの靴に向かってきた。部屋の真ん中が、休みと平日の境界になっていた。手元の記録用紙を見た。わたしの書いた日付の上に、わたしの字で、もう一度前日の日付が重ねて書かれていた。わたしの半分も、向こう側へ引かれかけていた。わたしはペンを置いた。
わたしは棚の前に膝をついて尋ねた。「何と呼ばれたいですか」。人形は答えた。答えは記録しない。それから、わたしは話を聞いた。川原で食べたおにぎりのこと。目覚ましをかけずに眠った朝のこと。どれも水城さんの三日間だった。人形はそれを全部持っていた。わたしは止めなかった。止める方法を、局は持っていない。聞き終えるまで、そばにいることしかできない。
整理する。説明のつく側。部員十一人が、同じ絵で同じ冗談を言った。だから、その絵の通りのものが部室に座った。水城さんが一番多くそれを口にしていた。だから彼女の半分が材料にされた。説明のつかない側。床の水は、どこから来たのか。廊下を調べると、水は裏山の分水点の方角から、床の継ぎ目を伝って来ていた。それも三つの谷のどれとも違う、四つ目の向きだった。
その日は三年生の引退の日だった。岩倉くんは部室の鍵を二年生に渡し、合言葉を言い出した学年は部を去った。残った部員は、もう二回目の点呼をしなかった。誰も合言葉を言わなくなると、棚の陰の人形は少しずつ薄くなった。けれど、消えはしなかった。恐らく、今も棚の奥で膝を抱えている。
水城さんの声は戻っていない。今も、ささやくような声でしか話せない。影の右半分も戻っていない。帰りぎわ、彼女はかすれた声で言った。「眠っても、もう休めた感じがしないんです」。休んだ分は、向こうが持っている。あの子の休みは、四つ目の源流の先へ流れていったのだと思う。
以上が、休み明けという語の誤解の記録だ。分析は終わった。けれど、記録用紙の受理日は、今も前日のままだ。直そうとすると、ペンが向こう側へ引かれる。だから、この記録は、まだ一日だけ休みの中にある。
帰りの坂で見上げた空は、晴れていた。いや、正確には薄い雲が一枚かかっていた。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「三国山 (石狩山地)」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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