三連休初日の浜で、残りの二日を借りた少女が戻ら…

三連休初日の浜で、残りの二日を借りた少女が戻らない

語現鴇江市三連休初日浜前借り

「片方だけの靴って、だいたい右なんですよ」

十月十日の朝、鴇江市の南浜で、清掃ボランティアの波多野さんはそう言った。軍手の指で、白いスニーカーをつまんでいた。子どもの靴ではない。高校生くらいの大きさだった。中に、浜に生える草の葉が一枚、張りついていた。その葉の縁に、白い粒がならんでいた。ミシンの縫い目のように、同じ間をあけて、ぎっしりと。

わたしは葉を袋に入れた。粒は、ごまより小さかった。指で触れると、少しだけ、あたたかかった。

記録を受けたのは、その日の夕方だ。三連休初日。鴇江市の投稿で、まだ二日ある、という言い回しが昼から急に増えていた。そこに、借りた、という語が混ざり始めていた。わたしは灯番号を書いた。T-20261011-02。訂正する。T-20261010-02。日付を、一日先に書いていた。なぜ先に書いたのかは、分からない。

噂の形は、聞き取りの三人目で固まった。三連休の初日、日が沈むときに浜へ行く。浜の草の葉を一枚、口にくわえる。波に向かって「まだ二日ある」と言う。すると海が、残りの二日を前借りさせてくれる。初日が、もう一日ぶん長くなる。返すのは、連休の終わりでいい。みんな、休みの残りを、どこかに預けた貯金のように思っていた。だから、言葉ひとつで引き出せると信じていた。

でも、連休はただの暦だ。土曜と、日曜と、十二日のスポーツの日。別々の三日がならんでいるだけで、どこにも貯めてはいない。貸し借りできるものは、何もない。

靴の持ち主は、汐見さんという高校二年生だった。同じクラスの蒔田くんが、浜まで案内してくれた。彼は生物部で、虫の話になると早口になる。「その粒、たぶん卵ですよ。葉っぱに卵を産んでおく虫がいるんです。葉ごと食べた虫のおなかで孵って、そこから先の本命を探すんです。あいだに入る虫のことを、中間宿主っていいます」

彼は少し黙ってから、続けた。「汐見は、葉っぱをくわえたんです。ふざけて。まだ二日ある、って言って」

日が沈んだ。浜に、汐見さんが立っていた。右足だけ、はだしだった。彼女は膝まで水に入っていた。わたしは波打ちぎわまで行き、水面を見た。夕日の残りが、鱗のように光っていた。その光の下に、それはいた。

人の背丈ほどの、白くて細長いもの。腹が、釣り針のように曲がっていた。頭のほとんどは大顎だった。左右から閉じる、二本の黒い鎌。それが汐見さんの足のすぐ下で、ゆっくり開いたり、閉じたりしていた。カチ、カチ、と水の中で小さく鳴った。泡が上がってきた。泡がはじけるたびに、声がした。大勢の、眠そうな声だった。まだ二日ある。まだ二日ある。まだ二日ある。

汐見さんが振り向いた。唇の端に、白い粒がならんでいた。葉の縁と同じ、縫い目のような列だった。彼女は笑った。「まだ土曜なんです。ずっと、まだ土曜」声の半分が、泡になっていた。口のまわりから、潮の匂いがした。

蒔田くんが水に入った。「連休なんか、ただのカレンダーだろ。借りるとか、ないから」彼は正しかった。だから、見えなかった。彼の足は、大顎のすぐ横を何度も通った。それは彼を一度も見なかった。彼が汐見さんの腕をつかむと、腕は水のように指のあいだから抜けた。彼の声は、彼女に届かなかった。正しい言葉は、ここでは何の重さもなかった。

わたしは水ぎわにしゃがんで、水面に聞いた。「何と呼ばれたいですか」泡が一つ、わたしの足もとではじけた。答えは書かない。そのあと、手帳を開いた。さっき訂正した灯番号が、T-20261011-02 に戻っていた。わたしの字だった。ページの端に、白い粒が三つならんでいた。わたしの一日も、先に借りられかけていた。泡の声が、すぐ耳の横で言った。まだ二日ある。わたしは、はい、と言わなかった。

わたしにできたのは、聞くことと、延ばすことだけだった。蒔田くんには、あの言い回しを書き込まないよう頼んだ。打ち消す投稿も、同じ語を使うからだ。それは、返してもらう日を待っていた。貸したものは連休の終わりに戻る。噂がそう決めていたから、それは何も奪っていないつもりでいた。その夜、浜で葉をくわえた人は四十一人いた。記録は、三行で終わった。

十二日の夜、連休が終わった。投稿は、翌朝には十分の一になった。水の下の白いものは、薄くなった。大顎の影だけが、最後まで残った。蒔田くんは目をそらした。わたしだけが、それが砂の色に溶けるのを見ていた。でも、消えてはいない。南浜の草は、今も葉の縁に白い粒をならべている。

汐見さんは家に帰った。学校にも来ている。でも、彼女の中では、今日はずっと十月十日だ。毎朝、同じ服を着る。スマートフォンの日付を見て、首をかしげる。夕方になると浜へ行き、右足だけはだしで、膝まで水に入る。唇の端の粒は、一つも減らない。返すはずの二日は、まだ返されていない。返さなくていい、と彼女は泡で言う。返さなくていい。返さなくていい。

浜の葉にならぶ粒の列は、四十二あった。一つ多い列が、誰のぶんなのか。わたしの手帳の端の三つの粒は、その数に入れていない。

引き潮のあとの浜に、片方だけの貝殻が、だいたい右を上にしてならんでいた。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「カギバラバチ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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