重陽と、二つを一つに数える声
末広公民館の入口には、古いガラスの陳列棚がある。中に模型の飛行機が二機だけ並んでいる。翼が一枚の単葉機と、翼が上下二枚の複葉機である。添えられた紙にはこう書いてある。かつて二機は同じ記録を争ったが、後から分類が分けられたので、どちらも記録として残った、と。分類を分けることを再定義という。二つを二つのまま残すやり方である。わたしはこの棚の前を通って、大広間へ入った。
灯番号 T-20260909-02。受理は九月九日、午後六時十二分。場所は鴇江市末広町、末広公民館の大広間である。
午後六時二十分。第四課の早瀬から数字を渡された。末広町一帯で重陽という語の使用が、七日間で四十倍になったという。九月九日は重陽の節句である。奇数は陽の数で、その一番大きい九が二つ重なる日をいう。菊を飾って長生きを願う。それが正しい意味である。早瀬は言った。数字が跳ねただけです、と。彼は正しい。ただ、跳ねた語は必ず像を作る。
午後六時四十分。合唱団の練習を見た。団員は二十二人。今夜が本番だと聞いた。歌う曲は団員の一人が去年書いたもので、歌詞に、かさなるひ、という一節がある。作った本人は、二つの想いが重なる日、のつもりで書いた。ところが練習の途中で、別の読み方が広まった。重なったものは一つに数えなおされる日、という読み方である。誰が言い出したのかは分からない。三人に聞いて、三人とも別の人の名前を挙げた。
午後六時五十分。パート分けの表を見せてもらった。二十二人が四つのパートに分かれている。表の欄外に、団員の一人が鉛筆で書き込みをしていた。ここは二人で一つの音、という書き込みである。本人に聞いた。暗譜を早くするために、揃う場所へ印を付けたのだという。悪気はない。だが、その印の付いた場所が、そのまま像の形になった。誤解は誰かの悪意からではなく、覚えやすくするための工夫から揃うことがある。
わたしは聞き取りの用紙に、その読み方を書いた。像はこれで決まる。語現体の設計図は、正しい意味の側ではなく、揃った誤解の側にある。
午後七時。言祝会の鵜飼が客席の後ろに立っていた。彼女は白い上着を着ていた。祭文を配っていたので一枚もらった。書き出しの一節が、わたしの記録の書き方とよく似ていた。受理の時刻から書き始め、感想を書かない書き方である。鵜飼はわたしを見て、あなたも顕れですね、と言った。わたしは否定の言葉を探した。手元の用紙には、否定に使える欄がなかった。
午後七時十二分。本番が始まった。指揮者は郷田という七十代の男性で、この曲の歌詞を最初に読み解いた人でもある。彼は開演前に客席へ説明した。この一節は重なりを祝う言葉です、消える意味ではありません、と。正しい説明である。
二番の途中だった。ソプラノの二人が、同じ高さの音を同じ強さで出した。パートは違うが、そこだけ音が揃う場所だった。揃った瞬間、広間の空気が体温より少し高くなった。濡れた紙のにおいがした。そして、二人のうち一人が、一人ぶんの厚みに数えなおされた。
残ったほうの女性は歌い続けていた。声が二人ぶんの太さで出ていた。彼女の左の肩から先が、うすい紙のように平らになっていた。歌詞は途切れなかった。もう一人が立っていた場所には、譜面台だけが残った。
郷田は指揮台を下りて、正しい説明をもう一度した。重なりは祝いです、と。言い終える前に、彼の声が客席の誰かの声と揃った。次の拍で、彼も一人ぶんに数えなおされた。指揮棒は床に落ちなかった。落ちる前に数えなおされたからである。正しく言える者から先に、揃えられていった。
わたしは客席の三列目にいた。数えるために、心のなかで拍を追っていた。四拍目で、自分の数え方が広間の拍と揃いかけた。喉の奥が少し熱くなった。桐生が後ろから肩を叩いた。彼は何も言わなかった。数えるのをやめて、書くだけにした。
歌が終わった。拍手はなかった。残響が一拍だけ多く残った。その静けさのなかに、それはいた。輪郭はほとんど無い。うすい紙を二枚きれいに重ねて、上から一枚に押した形である。名前は誰も付けていなかったので、わたしは記録のなかで、かさねなおし、と呼んだ。
わたしはいつものように尋ねた。何と呼ばれたいですか。答えは音ではなく、拍で返ってきた。二拍が一拍に縮む形だった。答えは記録しない。
早瀬は残滓計を床に置いて、値を読み上げた。彼は数字にすれば怖くない、と信じている。今夜の値は、彼が去年の秋に測った値とよく似ていた。似ているだけで同じではない。古い記録は目盛りで書いてあり、いまは比で書いてある。どちらが大きいのかは、もう誰にも比べられない。
局にできたのは、歌わないことを頼むだけだった。合唱団は次の練習を取りやめた。語を使う人が減れば、像は薄れる。薄れることと、無くなることは違う。三日で残滓計の値は下がった。下がった値は、床下に沈んだ分である。末広町の残滓は、これでまた少し厚くなった。
戻らなかった二人については、書ける欄がなかった。二人だったという記録が、一人ぶんの欄に収まってしまうからである。わたしは欄を増やさなかった。増やせば、増えた分だけ本当になる。だから今日の記録には、人数を書いていない。
帰りに陳列棚の前を通った。分類を分ければ二つが二つのまま残る。分けなければ、どちらかが一つに数えなおされる。棚の中の二機は、まだ二機だった。
公民館の裏に自転車が一台停めてある。誰も見ていない場所で、灯りが一つ増えている。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「DS-1 (航空機)」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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