クイズの日と、あとから動く答え
掲示板に貼られた紙は、どれも問いだけだった。答えの紙が一枚も無い。わたしはその前で受理票を切った。末広町三丁目、九月十二日の朝である。灯番号はT-20260912-01。届出人は学習塾の講師で、四十代の男性である。いま書いているのは受理から四日後、九月十六日である。四日置いたのは、答えが動かなくなるのを待っていたからだ。動かなくなっていない。
届出は午前八時四十分に入った。九月十二日は、九をク、一をイ、二をズと読む語呂合わせで、クイズの日と呼ばれている。市内でのこの語の使用は、前週の同じ曜日の三十七倍だった。早瀬の集計である。内訳を見ると、出題が九割二分で、答え合わせが〇分八厘しかない。問いだけが流れて、答えが流れていない。
講師の話はこうである。塾では毎年この日に生徒へ問題を出す。今年も同じようにした。ところが生徒の言うクイズは、彼の知っているクイズではなかった。彼にとってクイズとは、出題の時点で答えが決まっているものである。生徒にとっては違った。答えは、あとから多いほうに決まるものだった。
わたしは可能性を三つに絞った。第一に、生徒が答えを知らないまま多数決で決めているだけという可能性。第二に、講師の手帳の記載が誤っているという可能性。第三に、提出と採点の時刻がずれているという可能性。時刻表を作るように、答案の提出時刻と採点時刻を並べて突き合わせた。
三つとも外れた。第一は、九人の生徒が同じ問題に別々の答えを書いていて、多数決の前から一致していないことで外れた。第二は、講師の手帳と塾の控えと生徒の答案の三点で記載が揃っていることで外れた。証言の食い違いは一つも出なかった。第三は、提出も採点も午前十時の同じ枠に収まっていることで外れた。三つ外れたあとに残ったのは、答えのほうが動いていたという事実だけである。これを言い表す語が、わたしの手元にない。
起きているのはこうである。末広町三丁目の一区画、南北八十メートルほどの範囲で、紙に書かれた答えが書き換わる。書き換わる先は、その時点で最も多くの人が選んだ側である。過去の紙にも遡る。講師の手帳の四月のページで、当時の正解が二か所変わっていた。灰皿の縁に伏せてあった小さなメモにも、同じ書き換えがあった。
困るのは、正しく分かっている人のほうである。答えが先にあると知っている人は、書き換わったものを見て誤りだと言う。ところがその訂正も一つの解答として数えられ、少ないほうへ回る。講師は三度訂正した。三度とも、訂正のほうが誤りとして扱われた。分かっていない生徒は、書き換わったあとの答えをそのまま正解として覚える。そちらには何も起きない。
早瀬はこれを、答えの実効支配と呼んだ。問いは一つなのに答えの側が二つあり、どちらがその問いを持っているかが多数で決まる。彼は領有権という語も使った。数字にすれば怖くないと思っているのだろう。わたしは地区という言い方のほうを使った。書き換えが起きるのはあの一区画だけで、境から一歩出た自販機の前では、同じ紙が元のままだった。
三度目の訂正のときのことを、講師は細かく話した。彼は答案を回収し、赤で正解を書き直し、生徒の前で読み上げた。読み上げているあいだは、紙の上の字は変わらなかった。教室を出て、職員室の机に置いて十二分ほどしてから戻ると、赤で書いた字だけが元に戻っていた。鉛筆の跡も消しゴムの跡も無い。彼は自分が書き間違えたのだと思ったそうである。三度目にしてそう思ったのだから、一度目と二度目もそう処理したのだろう。
境目は目に見えない。ただ、雨の翌朝に足跡を見ると、境の内側だけ、歩幅の同じ人の足跡が二通りに読めた。行きと帰りで本数が合わない。数え直すたびに合う本数が変わる。わたしは三回数えて、十四本、十七本、十四本を得た。二度同じ数が出たので十四本と記録したが、この記録のしかた自体が多いほうを採っている。これも既存の分類に当てはまらない。
対処は延命だけである。掲示板に出ていた問いの紙を、答えごと外した。使用は四日で三十七倍から六倍まで落ちた。書き換えの速さも落ちている。止まってはいない。九月十六日の朝の測定では、書き換えは一日に二回まで減った。減っただけである。
受理票を綴じるとき、自分の職員番号を書く欄で手が止まった。手元の受理票と課の控えとで、わたしの番号が違っている。前からそうだった。名簿にはわたしの入局年が書かれていない。神保という記者が集めたわたしの資料には写真が一枚もないと、桐生が言っていた。書いておく。理由は書かない。
講師には、何と呼ばれたいですかと尋ねた。答えは記録しない。四日後のいま、彼の塾の答案はすべて、書き換わったあとの答えで揃っている。誰も間違えていない。
末広の理髪店の前に、去年から「とおりぬ」と書いた札が出ている。誰も意味を訊かない。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「ダハール (ソマリア)」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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