秋の夜長と、削られていく昼

秋の夜長と、削られていく昼

語現体鴇江市秋の夜長天体観測記録

踏切跡の砂利の上に、望遠鏡の三脚が深く沈んでいた。 九月十二日、十八時四十分。気温二十四度。シーイングは三。雲はない。 末広町二丁目の踏切跡に、望遠鏡が一台据えられていた。届出人は六十代の男性である。天体観測の会に十一年通っている。灯番号はT-20260912-02。わたしは受理票を切った。 男性はこう言った。接眼レンズを覗くと、視野の端に細い帯が写る。写真には出ない。何度撮っても出ない。

同日、十九時十分。気温二十三度。シーイングは三。 わたしも覗いた。帯はあった。倒立像の下側を、左から右へ、ゆっくり流れていく。太さは視野の十五分の一ほどである。色はない。明るさもない。ただそこだけ、星が一つも見えない。 カメラを付け替えて三十秒露出をかけた。写らなかった。八回試した。八回とも写らなかった。 帯は接眼レンズの中にだけある。目で見るときにだけある。

語は「秋の夜長」である。 市内での使用は、前週の同じ曜日の二十二倍だった。内訳を数えた。八割六分が「夜が長くなった」という形で使われていた。「日の入りが早い」という形は一分四厘しかなかった。 日の長さは変わらない。一日は二十四時間で、昼と夜を足せば必ずその値になる。短くなるのは昼のほうであって、夜が伸びるわけではない。 けれども人々が共有した像は、夜の側が増えるという形だった。増えた分をどこから持ってきたのかは、誰も考えていない。

同日、二十時ちょうど。気温二十二度。 帯の中に入って歩いた。踏切跡から東へ、交差点までの八十メートルほどが範囲である。地下の水路の上をなぞるように伸びている。 わたしは腕時計と局の受信機を両方持っていた。二つは終日ずれない。範囲の中でもずれなかった。時計は正しい。 正しいのに、出てから数えると足りない。八十メートルを歩くのに十一分かかった。同じ距離を範囲の外で歩くと、一分四十秒である。 帯の中では夜が伸びる。伸びた分は、その人のその日の昼から引かれる。届出人の男性は、十一年ぶんの観測記録の日付を一枚ずつ確かめていて、今年の八月の記録が七日ぶん足りないと言った。書いた覚えはある。紙が無い。 同日、二十時二十五分。気温二十二度。 帯の縁を測った。境目は線ではなく、幅三十センチほどのぼやけた帯である。境の上に立つと、片足だけ遅れる感じがある。感じがあるだけで、計器には出ない。 局の受信機は残滓の濃度を読む。範囲の中央でいちばん高く、交差点の手前で急に落ちた。落ちる位置は、地下の水路が曲がる位置と重なっていた。 水路は昭和の暗渠である。上を通る道は毎日使われている。誰も下を見ない。誰も見ないものの上で、夜だけが余分に積もっている。

同日、二十時五十分。気温二十一度。 わたしは男性に尋ねた。あなたは、何と呼ばれたいですか。 男性は自分に聞かれたと思って、少し笑った。それから、望遠鏡のほうを向いて、もう一度同じことを尋ねた。帯は答えない。流れる速さも変わらない。 わたしは答えを記録しなかった。

九月十六日、十九時二十分。気温二十度。シーイングは二。 早瀬が収束の予測を出した。使用が二十二倍から六倍まで落ちている。落ちた理由は暦である。九月の後半に入れば「秋の夜長」は当たり前になり、わざわざ言う人が減る。 予測の線には、いつもの微小なノイズが乗っていた。早瀬はそれを消さない。消し方を知らないからではなく、消してよい理由が無いからだと言う。

同日、二十一時。気温十九度。 白河が来た。帯を見て、これは夜ではなく昼の側の欠損ですね、と言った。わたしが前に使った言い方である。わたしは訂正しなかった。 白河は日の入りと日の出の計算表を持ってきていた。正しい表である。表のとおりに帯の位置を予測して、予測は外れた。帯は暦に従っていない。人々の誤解に従っている。 白河は表をしまって、こう言った。合っているほうが役に立たないんですね。

同日、二十二時十分。気温十八度。 届出人の男性は、望遠鏡を片づけないことにした。帯を見続けるほうが、記録が減るのを数えられるからである。 わたしは言わなかったが、見続ければ見続けた分だけ昼が減る。数える人がいちばん減る。それでも男性は覗く。そういう人がいなくなると、帯は誰にも見られないまま太る。 局にできるのは看取ることだけである。防ぐ手立ては無い。

同日、二十二時四十分。気温十八度。シーイングは二。 最後に一度覗いた。帯は細くなっていた。視野の二十分の一ほどである。 消えるのではない。沈む。踏切跡の下、地下の水路の高さまで下りて、そこで残滓になる。来年の九月、また誰かが夜が長くなったと言い始めれば、同じ場所から上がってくる。 わたしは接眼レンズから目を離した。星は、さっきまで見えなかった場所にも見えた。

余白。 局の給湯室の棚に、名前のない小さな瓶が一つ増えていた。誰のものでもない。中身は水のように見える。ラベルを貼る人が、まだ決まっていない。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「190丁目駅」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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