長雨の控え
九月二十日の朝、わたしは末広町の出張窓口に立った。灯番号はT-20260920-01である。届出の受付は朝の九時に始まる。整理券の機械は入口のすぐ横にあった。
窓口へ行くには、支流をまたぐ橋を渡る。古いアーチの橋で、真上を単線の線路が通っている。列車は一時間に一本しか来ない。来ない時間のほうが長いので、橋の上はいつも静かである。わたしはその静けさが好きだった。
受付の女性は四十代で、勤めて十二年になると言った。彼女が最初に出したのは、届出書そのものではなく、記入例の紙だった。窓口に置いてある見本である。
見本の理由欄には、こう印字してあった。「秋の長雨により、期日までに提出できなかったため」。
この一文が、八月の終わりから市内の各窓口に配られていた。理由を書くのが苦手な人のための親切である。実際、親切だった。みんながその欄を埋められるようになった。
そして、みんなが同じ一文を書いた。
秋の長雨という語は、秋の初めに前線が停滞して、雨や曇りの日が続くことを指す。長いのは期間である。八月の下旬から九月にかけて現れることが多い。気象の言葉としては、それだけの意味しかない。
ところが鴇江市では、この語の「長」が、別の側で揃ってしまった。引き延ばす、のほうである。
理由欄にその一文を書いた人は、期日に間に合わなかった。間に合わなかったから書いた。つまりこの一文は、市民にとって「期限が伸びた理由」だった。雨が長いのではない。雨のせいで、こちらの終わりが伸びたのだ。何万枚も書かれるうちに、像はそちらで固まった。
受付の女性は、そのことを正確に理解していた。彼女は気象の用語集を自分で買って読んでいた。長いのは雨の期間のことです、と彼女は窓口で何度も説明した。説明するたびに、相手はうなずいて、それから同じ一文を書いた。
正しさは、ここでは何の力も持たなかった。彼女は十二年ぶん正しく、十二年ぶん無力だった。
その朝、彼女が見せてくれたのは控えの束である。受理したときに押印して、申請者に渡すのと同じものだ。窓口の控えには、処理の終わる予定日を書く欄がある。
九月三日に受け付けた分の控えを、彼女はわたしの前に並べた。予定日の欄は、九月十日と印字されていた。
同じ控えを、彼女はもう一度めくった。
十月二日になっていた。
インクがにじんでいるのでも、上から書き足してあるのでもない。最初からそう印字されていたという顔で、数字だけが違っていた。押印の位置も、紙の折れも、角の汚れも、さっきのままである。
語現体は姿を持たない。窓口の向こう側、処理をする側にだけ現れる。控えに書かれた終わりの日付を、後ろへ、後ろへと押していく。一日ずつではない。誰かがまた記入例の一文を書くたびに、その分だけ伸びる。
終了予定日が動いたことは、担当の側では誰も申告していない。申告する欄が無いからである。欄が無いものは、起きなかったことになる。
伸びても、紙は増えない。束の厚みは九月三日から変わっていない。枚数も同じである。重さも量った。変わらない。伸びているのは日付だけで、その伸びた分がどこにも積まれていない。
わたしは彼女に、いつもの質問をした。何と呼ばれたいですか。
彼女は少し考えて、こう答えた。わたしではなく、あれに聞いているんですよね。
わたしは答えなかった。記録もしなかった。
閉庁時刻は五時である。四時五十分に、彼女は表の整理券の機械を止めた。番号の呼び出しも、最後の一人で終わったはずだった。
五時十二分に、番号が呼ばれた。
待合の椅子には誰もいない。機械は止まっている。それでも呼ばれた。次の番号が、その次の番号が、順番どおりに読み上げられていった。呼ばれた番号は、その日の発行枚数をとうに超えていた。
彼女は立ち上がらなかった。わたしも立たなかった。二人で、終わらない呼び出しを聞いていた。
第四課にできることは、延命と記録と看取りだけである。止め方は無い。市内の窓口から記入例の紙を引き上げる案は出たが、すでに書き方を覚えた人が書くので、像は薄まらない。薄まるのを待つしかない。待つあいだ、終わりの日付は伸び続ける。
帰りにもう一度、支流の橋を渡った。アーチの下で水が鳴っている。真上の単線には、その時間、列車は来なかった。来ない時間のほうが長い。
その長さには、終わりの日付が付いていない。だから伸びようがない。わたしは少しだけ、橋の上に立っていた。
末広町の郵便受けには、宛名の無い葉書が月に二、三通ずつ入る。誰も差出人を知らないが、誰も困っていない。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。
題材の着想: ウィキペディアの記事「福井川橋梁」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
投稿は公開されます。個人情報や誹謗中傷は書かないでください。作品はフィクションです。