シルバーウィークと、数えられなくなる指
九月十八日の午後、鴇江市の外れにある日和田町へ行った。届出人は家の主で、六十代の男性である。玄関で受理票を出し、灯番号にT-20260918-02と書いた。
書いたあとで、日付を一日間違えた気がした。手帳を見ると合っていた。二度目に見ると、やはり合っていた。三度目に見たとき、どちらが正しいのか分からなくなった。それ以上は見なかった。
早瀬の表では、この語の収束率がこの一週間で三度、閾に近づいていた。三度とも夕方である。
家には五人いた。主と、主の妹と、妹の夫と、その息子と、近所の女性である。わたしを入れて六人になった。
明日から連休だ、と主は言った。九月十九日から二十三日まで、五日ある。
妹は台所にいた。流しに鍋が三つ重ねてあった。それはシルバーウィークにやるから、と彼女は言った。同じ言葉を、わたしが座るまでに三度聞いた。
近所の女性も同じ言い方をした。庭の物置はシルバーウィークにやる。町内会の名簿もシルバーウィークにやる。屋根の樋もシルバーウィークにやる。
聞き取りで分かったのは、この言い方の意味がずれていることである。八月の終わりごろから、この町では「連休にやる」が「もうやった」と同じ重さで使われていた。
理屈はこうだ。連休には時間が増える。増えた時間の中でなら、後回しにしたことは全部片づく。片づくと決まっているなら、口に出した時点でもう片づいている。
だから、誰も数えていなかった。残っている用事を数える人がいない。数えなくても済むことになっているからである。
妹の夫は印刷所で暦を作る仕事をしていた。連休でも一日は二十四時間だ、と彼は言った。休みが並ぶだけで、時間は増えない。
正しい。正しいが、それを言えるのは彼だけだった。彼が正しく知っているぶん、彼の言葉は五人ぶんの像に届かなかった。
二日目の昼、縁側に出た。日がよく当たっていた。
板の上に、薄いものが広がっていた。葉に似ている。厚みはほとんどない。根元から鳥足状に分かれて伸びていた。鳥足状というのは、指を開いた鳥の足のように、一か所から何本にも分かれる形のことである。
中心に、筒のようなものが一本立っていた。筒の上のほうは折れて、内側を包んでいる。植物でこの形を仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ぶ。包まれた中には、花のかわりに何もなかった。
手を近づけると、体温より少し高い。濡れた紙の匂いがした。管理局はこれを仮に継足と呼ぶ。
息子は縁側で数を数えていた。小学生である。日なたに座って、指を折っていた。
一度目は十まで数えた。二度目は八で止まった。三度目は三で止まった。数えられる数が、数えるたびに減っていく。
四度目、彼は「一」と言った。指を一本立てたまま、動かなくなった。目は開いていた。呼吸もしていた。ただ、指が下りなかった。
昼のあいだ、彼はずっとそのままだった。日が縁側から外れるまで、指は一本立ったままだった。
父親が名を呼んだ。一度目は普通の声で、二度目は大きく、三度目はほとんど叫びだった。連休でも一日は二十四時間だ、と彼はもう一度言った。正しいことを言うほど、その声は届かなかった。
わたしは筒の前に座った。何と呼ばれたいですか、と尋ねた。答えは記録しない。
退治はしない。できることは三つだけである。広がりを測ること。話を聞くこと。最後まで見ていること。
雨戸を半分だけ閉めた。日の当たる面積が減ると、広がる速さが落ちる。止まりはしない。遅くなるだけである。
三日目も四日目も、縁側の膜は少しずつ伸びた。わたしは一日に三度、端から端までを紙で測った。数字は三度とも違った。
二十三日の夕方、連休の終わりが見えてきた。そのころには、誰も「シルバーウィークにやる」と言わなくなった。言っても意味が合わなくなったからである。
語が使われなくなると、膜は薄くなった。縁側の板のあいだに沈んでいくように見えた。消えたのではない。
この形は多年草である。多年草というのは、枯れたように見えても根が残っていて、毎年おなじ場所から出てくる草のことだ。来年の九月、この縁側にまた出る。
息子は戻らなかった。三までは言える。四のところで口が止まる。医者は体に異常はないと言った。鍋は三つとも流しに残っていた。
受理票には六人と書いた。帰る前に、玄関でもう一度数えた。五人しかいなかった。三度数えても、どちらが正しいのか分からなかった。
帰りの車の窓から、日和田町の家並みが見えた。誰もいないはずの縁側で、灯りが一つ増えていた。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「ムロウテンナンショウ」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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