五連休は数に入らない、と坂の上の講は言った

五連休は数に入らない、と坂の上の講は言った

語現鴇江市五連休言い伝え

「五つ休めば、星がひとつ隠れる。隠れた星は、数えるな」。坂の上の集会所で、年寄りたちが声をそろえて唱えていた。障子の外は暗く、虫の声しかしなかった。これを書いているのは、五連休が始まる三日前の夜だ。先に書いておく。わたしは一人を取りこぼした。この集落で「五連休」という語が使われた回数は、四日で二千三百八十回。住んでいる人は四百人に届かない。一人あたり六回に近い。

集落は鴇江市の北のはずれにある。ここには星見講という古い集まりが残っている。当番の家が毎晩、集落の境にある石の前で星を一つ見て、帳面に印をつける。それだけの決まりごとだ。世話役の戸倉さんは八十四歳で、冒頭の言い伝えを教えてくれた。意味は誰も知らない。でも、昔からそう言うことになっている。

今年の五連休について、集落の人は同じ言い方をしていた。「五連休の五日は、数に入らない日だ」。出席も、名簿も、家族の頭数も、その五日は数えない。だから、いなくなっても誰も困らない。そういう意味で使っていた。もちろん誤りだ。連休は休みが続くだけで、日も人も減らない。それでも、学校の連絡網でも講の回覧板でも、同じ言い方が広がった。ある母親は「連休中は子どもを数えなくていいから楽」と笑った。中学生は「五日間、いない人になれる」と言った。戸倉さんは「隠れたものは、数えちゃいかん」と言い直した。言い伝えと語が、そこで重なった。

三日目の夜、当番は中学二年の真帆だった。真帆は理科の自由研究で、星が小さな天体の陰に入って見えなくなる現象を調べていた。掩蔽、と呼ぶらしい。ストップウォッチを首から下げ、手には理科室で借りたニッケル鉄の標本を握っていた。わたしは石から十八歩離れて立っていた。そのとき、地面の上を丸い影が滑ってきた。マンホールのふたより二回り大きい。膝の高さに浮いていて、鉄のにおいがした。影は石を中心に、大きな円を描いて回っていた。「公転してる」と真帆がつぶやいた。影はそのまま、真帆の前を横切った。

ストップウォッチは四・六秒を指していた。影が通り過ぎたあと、真帆の顔は黒い丸に覆われていた。目も口も見えない。足もとから影が消えていた。声は出ていたが、遠い部屋から聞こえるようだった。翌朝、母親は朝食を三人分だけ並べた。「うちは三人です」と、わたしに言った。真帆はテーブルの横に立っていた。母親の腕に触れた。母親は「今朝は冷えるね」と言って、窓を閉めた。あの黒い丸を言い表す語を、わたしは持っていない。

担任の岸本先生は、連休の意味を正しく知っていた。「休みで人は減りません。日も減りません」。その朝、先生は名簿を読み上げた。三十二人のうち三十一人の名前を呼び、「全員います」と言った。真帆の行だけが、先生の目には白く見えていた。わたしが指をさしても、先生は首を振った。正しく数える人ほど、影の中の子を数に入れられなかった。誤解を信じる年寄りたちには、すき間が見えていた。でも言い伝えのとおり、誰も数えなかった。

その夜、わたしは石の前に座って記録を書いた。影が帳面の上を通った。三・一秒だった。通り過ぎたあと、書いたばかりの一行が消えていた。集会所の受付簿からも、わたしの名前の行が消えていた。戸倉さんはわたしの顔を見ながら「今夜は、どなたも来とらんですな」と言った。帳面に触れた指先は、冷たい金属を握ったあとのようにしびれていた。これは既存のどの分類にも当てはまらない。

わたしは影に、どう呼ばれたいかと聞いた。答えは記録しない。影の中から聞こえたのは真帆の声だった。「五つ休めば、ひとつ隠れる。隠れたら、もう数えない」。戸倉さんは影を「お隠れさま」と呼び、ありがたいものだと言った。違う、とわたしは言えなかった。否定する言葉を、わたしは持っていなかった。追い払う方法も知らない。わたしにできたのは、聞くことと、書くことだけだった。

講は翌日、決まりごとを一つ足した。集落の中では「五連休」と言わない。「秋の休み」と言い換える。語が使われた回数は、次の日に四十回まで落ちた。影は薄くなった。でも消えてはいない。石の表面は、周りの地面より四度低いままだ。苔をどけると、古い文字が彫ってあった。「五ツ休メバ 一ツ隠ル 隠レシハ数ヘズ」。戸倉さんは、この石は少なくとも百年はここにあると言う。真帆は戻っていない。母親は今朝も、皿を三枚しか出さなかった。夜になると、真帆は石の上に座っている。黒い丸の顔で、止まったままのストップウォッチを握っている。そばにはニッケル鉄の標本が置いてある。理科室の貸出簿では、あの標本は「返却済み」になっていた。星の掩蔽なら、数秒で終わる。真帆の掩蔽は、まだ終わっていない。連休はまだ三日先だ。集落の外では、あの言い方が今夜も増えている。

帰りの坂の途中、空き地に、まだ名前のない小さな灯りが一つ増えていた。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「(15) エウノミア」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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