スイープと、数の合わない当番表

スイープと、数の合わない当番表

語現鴇江市スイープ当番表

「数えないでください」 扉の内側で、女性がそう言った。声は低い。廊下に立っているわたしからは、姿が見えない。扉には内側から板が打ちつけてある。板の隙間に、目張りのテープが貼られていた。

鴇江市の北のはずれに、合宿所がある。丘陵の斜面に建っていて、下の町を見下ろす位置にある。もとは採石場の宿舎だった。外壁は石造りで、厚みがある。地元の人はこの建物を要塞と呼ぶ。冗談のつもりだったはずだが、九月に入ってから、その呼び方は冗談ではなくなった。

中には七人いる。四日前から外に出ていない。届出は三日目の夜に入った。わたしは受理の時刻を二十一時四十分とし、灯番号を書いた。

扉越しに、順番に話を聞いた。最初の女性はこう言った。「先週まで、みんな普通に買い出しに行っていました。おかしくなったのは、ペットボトルを数えた日からです。当番の子が、残りを数えて紙に書きました。二十四本、と。次の朝、箱ごと無くなっていました。中身だけじゃない。箱も、置いてあった跡も無いんです。床に埃の輪が残るでしょう。あれも無かった」

二人目の男性は、別の言い方をした。「この辺では今、一度に全部なくなることをスイープと言います。もとは掃くって意味のはずです。でも去年の秋くらいから、三連敗を『スイープされた』と言うようになって、それが広がりました。今は何にでも使います。冷蔵庫がスイープされた、シフトがスイープされた、みたいに。だから、少しずつ減るのはスイープじゃない。まとめて消えるのがスイープです。みんなそう思っています」

わたしはそこで、像が揃ったと判断した。語が指していたのは動作である。掃く、という動きの話だった。ところが話し手たちは、同じ語を結果の話として共有した。まとめて無くなるほうで固まった。

語現体は姿を持たなかった。現れたのは扉の外側だけである。夜になると、廊下を歩く足音が聞こえる。数えると七つある。中にいる人数と同じである。もう一度数えると八つになる。三度目は六つだった。扉を開けても、廊下には誰もいない。埃も動いていない。

四日目に、減り方の規則が分かった。減るのは、直前に数え上げたものだけである。段ボールの中身を数えれば、その箱が無くなる。数えなければ残る。棚の奥の缶詰は、誰も勘定していないので手つかずだった。

つまり、几帳面な人から先に失う。当番表を毎日書き直していたのは、最初に話してくれた女性だった。彼女は残りの水を本数で管理し、当番を名前で管理した。管理は正確だった。正確であるほど、数えた回数が多い。

三日目の夜、彼女の名前が当番表から消えた。紙は同じ一枚である。破れても、消した跡もない。ただ、はじめから六人ぶんの表として印刷されていたように見える。他の六人は、そこに七人目がいたことは覚えている。だが誰も、彼女がどの欄にいたかを言えない。

彼女の声は、それから三日続けて扉の外から聞こえた。中からではない。数えないでください、と言うだけである。中の六人は、その声に返事をしなかった。四日目に、声は聞こえなくなった。

わたしは扉の前で、いつもの問いをした。何と呼ばれたいですか、と尋ねた。足音が一度だけ止まり、また歩き出した。わたしはそれを記録しなかった。

二つに分けて考えるべきだと思う。説明のつく側はこうである。九月十一日から十五日までの五日間で、市内北部におけるこの語の使用が例年の六倍を超えた。ただし使用の八割で、話し手は掃除の話をしていなかった。統計官の早瀬は、月末までに言及が減れば消耗は止まると言った。恐らく正しい。予測であって、確認ではない。

説明のつかない側はこうである。減るのは数えたものだけで、数えなかったものは残る。ではあの女性は、数えた側だったのか、数えられた側だったのか。どちらでも筋は通る。どちらとも、どの記録にも書かれていない。

五日目に、わたしは自分の手帳を開いた。この件について書いた行を数えた。十九行あった。翌朝、十八行になっていた。何が消えたのかは分からない。前後の文がそのまま繋がっていて、欠けた感じがしない。わたしは数えるのをやめた。

看取りの手順を取った。退治はしない。扉越しに話を聞き、記録し、数えないよう伝えた。九月の終わりに、言う人が減った。足音は薄くなった。それでも消えなかった。廊下の端で、何日かに一度だけ、数が合わなくなる。合宿所は今も使われている。六人は出てきた。七人目は出てこなかった。

言祝会の祭文が、合宿所の門の柱に貼ってあった。この語を「顕れの形」と書き換えてある。読んでいて、書き方に見覚えがあった。受理の時刻から書き起こし、建物の造りを一行で置き、最後に数字で閉じる。わたしの記録と同じ運びである。誰かが読んで、写したのだろう。

帰りの坂の途中で、下の町の灯りを見た。昨日より一つ多い気がしたが、数えないことにした。斜面の中腹に、細い煙が上がっている。誰が焚いているのかは分からない。まだ名前がない。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「コーフ城」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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