撤収作業と、行が消えた年表

撤収作業と、行が消えた年表

語現鴇江市撤収作業廃線

「これがあるから片づけやすいんです」と現場代理人は言った。事務所の壁に年表が貼ってある。合併前の町役場が作ったもので、この線の来歴が一行ずつ並んでいる。「何が在ったか分かっていれば、順番に外せますから」。わたしはお茶を出された。とてもよく煮えたお茶だった。

受理票を切ったのは十六時二分である。灯番号はT-20260913-02。届出は鴇江市北鷺町、環状線跡地の解体現場からで、届出人はその代理人だった。四十代の女性である。

年表の写しを取った。受理の時点で、行は十四あった。以下に控える。

明治四十一年 北鷺町の貨物側線として開業

大正九年 環状の形に接続

昭和七年 旅客の取り扱いを開始

昭和二十八年 旅客の取り扱いを休止

平成三年 貨物の運行を休止

令和五年 跡地の解体を決定

行は本当は十四あった。ここに六つしか書けていない。書いた覚えはあるのに、控えの紙には六行しかない。わたしは自分の字を疑わなかった。疑うべきは紙のほうだったが、そのときは分からなかった。

十六時四十分。現場で聞き取りをした。対象は九名である。この三日、現場では「撤収作業」という語の使用が急に増えていた。局の計数では、市内での使用量は前週の同じ曜日の二十二倍だった。閾までの余裕は、受理の時点で一割五分を切っていた。

使用の内訳を数えた。「在ったことごと持って行く」という形が八割四分。「組んだものを片づけて引き上げる」という正しい形は、二分しかなかった。八割の人が、跡形を残さないことを撤収と呼んでいた。

この像は誤りである。作業の手順書に定義が載っている。撤収とは設営の逆であって、消去ではない。片づけたあとに残るものが二つある。場所と、記録である。定義はそう書いている。ただ、書いてあることと信じられていることは別だった。

十六時五十八分。掃き終い(はきじまい)が現れた。人の腰ほどの高さで、箒の形をしている。柄が無い。穂先だけが宙に浮いている。局の記録上の名はそう付けた。語現体はこの一体だけである。

掃き終いは資材の山を素通りした。重機にも触れなかった。まっすぐ事務所へ入り、壁の年表の前で止まった。そして穂先を、下から二行目に当てた。

その行が消えた。紙は破れていない。汚れてもいない。ただ、そこに字が無かった。代理人が、あれ、と言った。ここ何て書いてありましたっけ、と。彼女は覚えていた。読んだ覚えがあることを、はっきりと覚えていた。中身だけが無かった。

現場には、この線を三十年見てきた人がいた。七十代の男性である。彼は町役場でこの年表を作った側の人間だった。だから正しく知っていた。彼は年表の前に立って、撤収は片づけることだ、記録は残る、と声に出して言った。掃き終いは止まらなかった。彼の言葉には掛かるところが無かったのである。彼はもう一度、今度はゆっくり言い直した。何も起きなかった。正しい定義を持っている人ほど、この場では何もできない。

十七時十二分、二行目が消えた。十七時二十分、四行目が消えた。順番には規則がなかった。少なくともわたしには読めなかった。

代理人はわたしにもう一杯お茶を出した。お手数をおかけします、と言った。それから、消えた行のぶんだけ作業が早く終わるので助かります、と言った。悪気は無かった。彼女は本当に助かると思っていた。ここが、いちばん寒かった。

わたしは掃き終いに、何と呼ばれたいですかと尋ねた。答えは記録しない。これは毎回そうしている。

対処は三つだけである。延命と、記録と、看取りだ。延命として、わたしは代理人に頼んで、朝礼の言い方を「片づけ」に替えてもらった。効果は限定的だった。使用量は十八時台に一割二分しか落ちていない。現場の人は九割が下請けで、朝礼に出ていない。

記録として、わたしは残った行を手で書き写した。写しているあいだにも一行消えた。写した先の紙からも同じ行が消えた。二度目に書いたときは消えなかった。理由は分からない。二度書けば残るという規則があるなら、それは撃退法ではなく、ただの癖だろうと思う。

十八時四十分、掃き終いは薄れた。消えてはいない。第四課の測定では残滓は0.6だった。古い記録の書き方だと6である。どちらで書くかは、そのとき事務所にある用紙で決まる。今日の用紙は新しいほうだった。

年表に残った行は三つである。以下に控える。

明治四十一年 北鷺町の貨物側線として開業

大正九年 環状の形に接続

平成三年 貨物の運行を休止

この記録を読むあなたへ。北鷺町の現場事務所の年表を、写真に撮らないほうがいい。撮った人が三人いて、三人とも、撮った覚えだけが残っている。

帰りに末広町二丁目の廃商店街を通った。先週は無かった張り紙が一枚あった。手書きで、まだ辞書に載っていない語が一つ書いてあった。読めたのに、いま思い出せない。雨は降っていなかった。いや、少しだけ降っていた。年表のいちばん下に、まだ一行ぶんの余白がある。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「プティト・サンチュール」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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