総当たりは必ず当たる、と十七人が信じた

総当たりは必ず当たる、と十七人が信じた

語現鴇江市総当たり暗号

「総当たりなら、必ず当たりますよね」。学習室の戸を開けたとたん、そう聞こえた。鴇江市中央図書館の三階。机が四列、窓際に花瓶が一つ。十七人が鉛筆を握っていた。わたしは戸のすきまから、しばらく中を覗いていた。灯番号 T-20260916-01。受理は九月十六日の朝だ。この語の使用は三日で千百四十回、前の週の九倍になっていた。閾に近い。あなたも、数字が九倍になった日のことは覚えておいたほうがいい。

学習室では市民向けの暗号講座が開かれていた。受講者は十七人。課題は古い暗号だった。ますに文字を十字の形に並べ、順番を入れ替える。鍵を当てれば、もとの文に戻る。机の上には方眼紙と鉛筆しかない。機械は使わない決まりだった。だから全員が、手で一つずつ試していた。

わたしは受講者に一人ずつ聞き取りをした。全員が同じ言い方をした。「総当たりなら、必ず当たります」。時間さえかければ、いつか正解に行き着く。そう信じていた。だが、それは誤りだ。鍵の数が多すぎると、総当たりは終わらない。終わらないものは、当たらない。十七人は、その一点だけを取り違えていた。

聞き取りの言葉を、そのまま写しておく。「たとえ十年かかっても、順に試せば最後には当たりますよね」。六十代の男性はそう言った。高校生は「全部やるんだから、当たらないわけがない」と言った。事務の仕事をしている人は「宝くじと違って、確実ですから」と言って笑った。三人とも、別の言い方で同じことを言っている。誰も鍵の数を数えていない。数えないまま、全員の像がぴたりと揃った。わたしは手帳から目を上げて、机の列を見た。

講師だけが、正しく知っていた。情報工学を教えていた人だ。鍵の組み合わせを全部試すには、宇宙の年齢より長い時間がかかる。彼は黒板にそう書いた。受講者は笑ってうなずき、そのまま手を動かし続けた。誰も鉛筆を置かなかった。わたしはその手元から目を逸らせなかった。

三日目の夕方、前から二番目の席の人が声を上げた。方眼紙の上に、意味の通る文が出ていた。「ツギハアナタ」。彼女はそれを読み上げてしまった。読み上げたあと、しばらく口が開いたままだった。解けた文はその一つだけだ。ほかの升目は、最後まで意味を持たなかった。

その晩、学習室に手が来た。手だけだ。指がひどく長い。関節が一つ多い。机の列を、端から順に触れていく。触れられた席の名札が、内側から白くなる。わたしは廊下の戸のすきまからそれを覗いていた。濡れた紙を撫でるような音がした。においは、切ったばかりのダイコンに似ていた。空気は体温より少し高い。

三番目の席にいた受講者は、それきり自分の名前を呼べなくなった。口は動く。音も出ている。けれど、誰の耳にも届かない。翌日、家族が迎えに来た。家族は学習室を二周して、彼女を見つけられずに帰った。彼女は目の前の椅子に座っていた。座ったまま、ずっとこちらを見ていた。あなたなら、その椅子を見ただろうか。

講師は手の前に立った。終わらない、と繰り返した。鍵の数が多すぎる、総当たりは終わらない、と。正しい説明だった。だから効かなかった。手は彼の言葉を聞かない。順番に触れ、順番に進む。効いていたのは、十七人が三日かけて揃えた「必ず当たる」のほうだった。よく分かっている人から順に、何もできなくなっていった。

わたしは戸のすきまから、手が進む速さを数えた。一つの席に、十二秒。列の端から端まで、三分半。速くも遅くもならない。急がないことが、いちばん怖かった。途中で一度だけ、手が止まった。止まって、こちらを向いた。向く顔は無いのに、そう感じた。指が一本、戸のほうへ伸びた。わたしは目を逸らした。逸らしてから、逸らしたことを後悔した。見ていなければ、記録にならない。

わたしは受理票に日付を入れ、複写を二枚取り、館の判をもらいに行った。判は角が小さく欠けていて、押すたびに右下がにじむ。受付の窓辺では、花瓶の白い花弁が四枚ずつ落ちていた。四枚そろって落ちるのだ、と司書が言った。差し入れの煮物が、机の端で冷めていた。そういう手続きを全部済ませてから、わたしは学習室に戻った。戻るまでに十九分かかった。

わたしは手を止めなかった。止め方を知らないからだ。代わりに、残った受講者の話を聞いた。何と呼ばれたいですか、と一人ずつ尋ねた。答えは書かない。それが決まりになっている。聞き終えて手帳を閉じたとき、最初の頁の文字が変わっていた。わたしの字ではない。名簿の順がそこに写っていた。指でなぞると、まだ湿っていた。次の行は、わたしが外で使っている仮の名だった。

講座は四日目で打ち切られた。掲示が出て、人が来なくなった。「総当たり」と言う人もいなくなった。手は薄くなった。消えたのではない。机の木目に、指の形のしみが残っている。四回拭いたが取れない。次に誰かが同じ言い方を始めれば、しみはまた濃くなるだろう。あなたは、その言い方をしないほうがいい。

帰り道、川沿いの外灯が一つ増えていた。市の地図には十二本と書いてある。数えると十三本あった。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「アブラナ科」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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