世界観光の日と、足あとの面積を測りに来た客

世界観光の日と、足あとの面積を測りに来た客

語現鴇江市世界観光の日無線

「こちら駅前案内所。感度どうぞ」「こちら商店街口。感度良好、どうぞ」「了解。九時になりました。今日もよろしくお願いします、どうぞ」「よろしくお願いします。以上」

九月二十七日の朝だった。鴇江駅の改札を出た広場に、黄色い帽子の案内係が六人立っていた。世界観光の日に合わせた、市の街歩きの催しだ。コースは駅前から末広商店街の古いアーケードを抜けて、川沿いへ下る。係どうしは小さな無線機で連絡を取り合う。わたしは第四課からの応援で、無線機を一台借りていた。

「ようこそ鴇江市へ。地図はいかがですか」いちばん若い汐見さんが、よく通る声で言った。まだ誰もいない広場に向かって、練習のつもりらしい。「ようこそ鴇江市へ」と、隣の三好さんも笑って言った。三好さんは観光協会の人で、この催しを十年続けている。

灯が点いたのは前の晩だった。市内の書き込みで、同じ言い方が急に増えた。「明日は世界観光の日。世界がこの町を観光しに来る日」。冗談の形だった。でも、どの書き込みも同じ絵を描いていた。顔の見えない客が一人、町を歩き回る。客は出会った人の足あとを測る。そして、その人が暮らすのに使っている陸地と水域の面積を、おみやげに持って帰る。早瀬さんの集計では、夜の十一時からの一時間で、この言い方が四百十二回使われていた。灯番号は T-20260927-01。わたしは書き込んだ三人に話を聞いた。三人とも、客の顔は思い浮かばないと言った。

「違うのよ」わたしが書き込みの話をすると、三好さんは困ったように首を振った。「世界観光の日はね、観光のことを世界中で考えましょう、という日なの。国際的な機関が決めた日で、九月二十七日なのにもちゃんと理由があるの。誰かが来る日じゃないのよ」正しい説明だった。わたしはそのまま書き留めた。

十時を過ぎたころ、無線に知らない声が入った。「こちら、観光客。感度どうぞ」六人の誰の声でもなかった。低くも高くもない。駅の案内放送を、ゆっくり読み直したような声だった。「こちら駅前。所属を言ってください、どうぞ」と三好さんが返した。返事はなかった。三好さんの声は、向こうに届いていないようだった。

「こちら、観光客。案内をお願いします。どうぞ」もう一度、声がした。わたしが止めるより先に、汐見さんが送信ボタンを押した。「こちら駅前案内所です!ようこそ鴇江市へ。どうぞ」親切な、いつもの声だった。

雑音が一度、長く鳴った。それから声が言った。「了解。案内係の方の、面積を記録します」汐見さんのスニーカーのまわりに、白い線が引かれていった。チョークで型を取るように、靴の形のまま、ゆっくりと。「陸地、〇・四一。水域、〇・〇二。記録しました。ありがとうございます。どうぞ」

汐見さんは一歩、前に出ようとした。出られなかった。足が石畳に貼りついたのではない。白い線の外に、彼のための地面がなかったのだ。靴の先が線を越えると、そこだけ何も踏めずに空を切る。三好さんが持ってきた紙コップの水は、汐見さんの手の中で、ふちから外へ逃げるようにこぼれた。何度注いでも同じだった。彼の水域は、もう紙コップ一杯ぶんもなかった。

「大丈夫?汐見くん」「大丈夫です。立ってるだけなら、平気です」「よかった。立っていられるなら、よかったわ」通りがかった人たちも、足を止めてくれた。「よかったですね、倒れなくて」「よかったですね、駅前だから人がいますよ」誰かが傘を差しかけてくれた。誰かがパンを線の内側に置いてくれた。みんな親切だった。誰も悪くなかった。

三好さんは何度も無線に言った。「世界観光の日は、誰かが来る日じゃありません。どうぞ」。その正しい言葉は、一度も向こうに届かなかった。届いたのは、汐見さんの「ようこそ」だけだった。あの客は、自分を迎える言葉にしか答えない。だから、正しく知っている三好さんには、客を止めることも呼び止めることもできなかった。

昼すぎ、声がわたしを呼んだ。「こちら、観光客。聞き手の方。面積を記録します。どうぞ」気づくと、わたしの靴のまわりにも白い線が伸び始めていた。つま先から、かかとへ。冷たい粉の匂いがした。親指が勝手に送信ボタンにかかっていた。「了解」と言いかけて、わたしは口を閉じた。答えない。そう決めた。

線は、かかとの手前で止まった。「……記録できません。どうぞ」それきり、声はわたしを呼ばなかった。止まった理由は書かない。わたしにも、わからない。

「何と呼ばれたいですか。どうぞ」わたしは送信ボタンを押さずに、そう尋ねた。聞こえるはずがない。それでも、雑音の奥で短い返事があった。ここには書かない。

夕方、言祝会の人たちが広場に来た。「世界がこの町を選んでくださった」と言って、白い線の前で手を合わせた。汐見さんは困ったように笑って、会釈をした。線の外に、腕は出せなかった。

五時、案内係は最後の交信をした。「こちら駅前。本日の案内を終了します。ありがとうございました。以上」次の日から、世界観光の日という言い方は、書き込みからほとんど消えた。一年に一度の日だからだ。夜になると、無線の声も雑音にまぎれて聞こえなくなった。

でも、白い線は消えなかった。汐見さんは今も、駅前の石畳の、靴二つぶんの面積の上に立っている。陸地は〇・四一のまま、水域は〇・〇二のまま。家族が毎朝、線の内側に食事を置いていく。通りがかる人は「よかったですね、今日もいてくれて」と言う。彼は「ようこそ鴇江市へ」と、まだ言える。でも、それ以外の場所へは、もう行けない。

案内所の古い無線機は、電源を切っても夜中の零時に一度だけ鳴る。「こちら、観光客。どうぞ」誰も答えない。答えないことしか、わたしたちにはできない。

訂正する。記録の頭に曇りと書きかけたが、今朝は薄い晴れだった。改札の横の自販機の裏で鳴いていた虫には、まだ名前がない。

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題材の着想: ウィキペディアの記事「エコロジカル・フットプリント」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。

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