延長十二回と、終わらない一コマ
九月二十三日の夕方、末広町の集会所で受理票を書いた。この記録を書いている時点で、届出人の帳面は九冊ある。書き込みの残っている頁は、九冊ぶんで千四百十二。わたしは灯番号にT-20260923-02と記した。届出人は七十代の男性で、四十年この町の草野球の記録を取っている。
最初の三十分は野球の話にならなかった。
「あんたね、うちの連盟は昔、番傘を賭けてたんですよ」
番傘、と聞き返した。
「負けたほうが翌週の道具を運ぶ。その罰の名前が番傘。なんでかは誰も知らない。わたしが入った時にはもうそう呼んでた」
名前の由来を誰も知らないまま使い続ける。この町ではよくあることだ。わたしは相槌を打ちながら、受理票の余白に番傘と書いた。書いてから、これは本題ではないと思って線を引いた。
「で、本題はね」と彼は言った。「帳面に、行が余るんです」
順に聞いた。
九月の中頃から、市内で延長十二回という語の使用が増えた。管理局の集計では、十七日から二十三日までの七日間で、例年の九倍を超えている。増えた場面に偏りはない。競技の場でも、会議でも、家の中でも、同じ割合で増えた。誰かが広めたのではない。全員が少しずつ言った。口にすること自体が参加になっている、というのが管理局の見方である。
延長十二回は、そこで打ち切るという上限の語である。決着がつかなくても十二回で終わりにする。そういう取り決めの名前であって、中身は終わらせるほうにある。ところが集計した使用のうち八割で、話し手は打ち切りの話をしていなかった。まだ十二回まである、という意味だけで使っていた。上限を示す語から、上限のほうが落ちた。落ちたことに、使っている側は気づいていない。
像はその形で揃った。
「先週の日曜です」と彼は言った。「十二回で引き分け。規定どおりです。わたしは立って、これで終わりです、と言った」
「通らなかった、と」
「通らないというか。誰も座らないんですよ。選手も、審判も、見てた人も。わたしの声が聞こえてないんじゃない。聞こえてて、それでも終わりにならない。そういう感じでした」
彼は帳面を開いて見せた。十二回まで、一回ごとに一行。整った字だった。最後の行の下に、一行ぶんの余白があった。
「埋めたんですよ、一度」と彼は言った。「線を引いて、ここで終わりと書いた。そしたら次の朝、その下にまた一行できてた」
「増えているんですか」
「いや、頁は増えてない。紙は紙のままです。余白だけが下にできる」
そのあと三十分ほど、彼はずっと規定の話をした。四十年ぶんの規定が頭に入っている人の話し方だった。何年の改正でどこが変わったか、延長の上限がどういう経緯で十二になったか、よどみなく出てくる。正確だった。正確すぎて、聞いているこちらが気の毒になった。
終わりの宣言が通らないのは、彼だけだった。
「隣の町の人がね」と彼は言った。「見に来てて、もう終わりだろ、って言ったんです。うろ覚えでね。十二回だか十三回だか、って言い方でした。そしたらみんな、あっさり帰った」
「その方の声は届いた」
「届きました。わたしのは届かない。知ってるほうが届かないんです」
数を調べた。帳面に書かれた回数が十二で止まっているあいだ、実際に数えられた回数は十四まで進んでいた。数の側では二回ぶん増え、紙の側では一行も増えていない。彼の帳面は四十年同じ様式だが、古い綴りは回ごとに一行、新しい綴りは試合ごとに一行で、本人は両方を同じ数え方として足し続けていた。どちらが正しいのかは、彼にもわたしにも決められない。
帰りぎわ、彼は玄関で振り返った。
「これね、わたしが正確に数えるのをやめたら、止まりますかね」
「止まるかどうかは分かりません」とわたしは答えた。「ただ、記録は残ります」
彼はしばらく黙って、それから笑った。
「残るんなら、書きますよ。どうせ下に一行あるんだから」
帳面は更新され続ける。終わりの宣言が届かないかぎり、更新は止まらない。書く人が先に尽きるまで、下には一行ある。
わたしは受理票にそう書いた。書きながら、何と呼ばれたいですか、と訊いた。彼は番傘のほうの話だと思ったらしく、あれは誰の名前でもないですよ、と言った。わたしは記録しなかった。
末広町の図書室では、返却された本の貸出票を、館の人が一方向に書き足していく。誰が借りたかは増え続け、誰が返したかは残らない。あの様式を決めた人は、もういない。
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