椅子の数が合わない夜
第二会議室の扉には、内側から鍵がかかっていた。かけた者はいない。
灯番号 T-20260814-02。受理は八月十四日の午後八時四十分。私はこの部屋に呼ばれた四人目である。あなたには先に言っておくが、私はこの部屋を最後まで出ていない。
机の上には草野球連盟の記録用紙が伏せてある。表を返すと、罫線が引いてあった。定規で引いた線ではない。手で引いた線は、どこかで必ず凸凹する。その凸凹の位置が、三十年ぶんの写しですべて同じところにあった。
「満塁打が三回ありました」と、連盟の書記が言った。
私は打った者の名を訊いた。書記は不思議そうな顔をして、打った者はいません、と答えた。
「塁が満ちたのが三回です。だから三回です」
そういう数え方をする土地なのだと、私は手帳に書いた。書いてから、書いたことを見直した。数え方の問題ではない。この土地では、満ちることと打つことが同じ語に入っている。入っているものは、いつか出てくる。
部屋には四人いた。書記と、連盟の会計と、公民館の管理人と、私である。椅子は四脚だった。数えた。
換気扇が回っている。この部屋の換気扇は他の部屋と系統が違うと管理人が言った。壁が厚いんですよ、と続けた。倉庫のつもりで建てたので、周壁だけ二重になっている。音が外に出ないし、外の音も入らない。
会計が立ち上がって、窓のほうへ寄った。窓は高い位置にあり、床から見上げる角度になる。角度が浅いので、外はほとんど見えない。空だけが見える。高緯度から低い月を眺めるとこうなるのだと、会計は誰にともなく言った。
私は椅子を数えた。五脚あった。
あなたなら、このとき何をするだろうか。私は数え直した。四脚だった。もう一度数えた。五脚だった。
「壁際のを入れるかどうかです」と管理人が言った。「あれは脚の高さが合わないので、ずっと寄せてあります」
私は壁際へ行って、座面に手を置いた。温かった。誰も座っていない椅子の座面が、人の体温のぶんだけ温い。手を離してから、私はもう一度置いた。二度目も温かった。
「これです」と私は言った。「これが五脚目です」
言い終わったところで、換気扇の音が変わった。回る音の中に、脚の擦れる音が混ざる。混ざったのではなく、最初から擦れる音のほうだったのかもしれない。籠もる部屋では、その二つは区別できない。
時計を見た。八時四十分だった。受理の時刻と同じである。私は手帳を見た。手帳にも八時四十分と書いてある。書いたのは私だ。書いたときも八時四十分だった。
書記が記録用紙をめくった。写した者の名が、末尾に縦に並んでいる。二十六あった。
「会員は二十五人です」と会計が言った。「一度でも名簿に載った者を全部足して、二十五です」
最後の一名の字は、他の二十五とどこも違わない。同じ筆圧で、同じ傾きで、同じところで凸凹している。あなたはこういうとき、その名を読もうとするだろう。私も読もうとした。読める字である。読めるのに、読んだ端から何を読んだのか分からなくなる。
管理人が扉に手をかけた。かからなかった。内側の鍵は、内側からしか開かない。かけた者はいないので、開ける者もいない。
「大会週が終われば薄れます」と書記が言った。「毎年そうです」
毎年そうであるなら、毎年こうなっているということである。私はそれを書こうとして、手帳の罫線が凸凹していることに気づいた。印刷された罫線である。印刷は凸凹しない。
椅子を数えた。四脚だった。
温かった一脚は、壁際で他の四脚と同じ高さに揃っている。合わないと言われていた高さが、合っている。合っていたのに寄せてあったのだとしたら、寄せた理由は高さではない。
私は座らなかった。四人で四脚あるのだから、座れるはずだった。座れるのに、私は最後まで立っていた。
書記が「満塁打が四回になりました」と言った。誰も打っていない。塁も無い。この部屋には塁が無い。
無いものが満ちる音を、あなたは聞いたことがあるだろうか。換気扇の音に似ている。似ているだけで、換気扇ではない。
扉は明け方まで開かなかった。開いたとき、椅子は五脚あった。数えたのは私ではない。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「バーミンガム (クレーター)」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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