国民の休日と、隣の町では違う日
「そっちの町は、今日は休みなんですか」
踏切の手前で、自転車を降りた男の人がそう言った。相手は線路の向こう側に立っていた。距離にして十歩もない。それでも男の人は、聞き返すときだけ少し声を張った。
「休みですよ。国民の休日なので」
「いや、うちは違います。うちの国民の休日は、来月です」
二人はしばらく黙った。遮断機が下りて、間に電車が入った。わたしはその二人を、踏切の柱の陰から見ていた。灯番号はT-20260921-02である。
国民の休日という語がある。祝日と祝日に挟まれた平日を休日にする、という決まりのことだ。今年は九月の三連休のあいだに一日だけ平日が挟まった。その日のことを指す。日付は暦で決まる。人が決めるものではない。
ところが鴇江市では、この語の意味が町ごとにずれていた。
中心部では、辞書どおりに使われていた。挟まれた平日のこと。ここは問題がない。
末広町では違った。ここでは「その年いちばん人が出ない日」を国民の休日と呼ぶ。商店街のシャッターが揃って下りた日を、あとから国民の休日だったと言う。暦の日付とは関係がない。去年は十一月の火曜日だったそうだ。
線路の向こう、北側の一帯ではもっと違っていた。ここでは「誰も働いていないことにしておく日」を指す。働いている人がいても、いないことにする。そう決めた日が国民の休日になる。だから来月だ、と男の人は言ったのだった。
三つとも、同じ語である。三つとも、その町では正しい。
語彙管理局第四課の白河は、境界の手前で住民に説明していた。祝日法の第三条第三項では、と彼は言った。前日と翌日が休日である平日は、休日とする。だから日付は自動的に決まります。誰かが決めるものではありません。
誰も頷かなかった。おばあさんが一人、白河の袖を引いて、こう言った。
「それは、あなたの町の言い方でしょう」
白河は正しかった。正しいことだけが、この場で通じなかった。
線路は市を南北に分けている。もとは私設の鉄道会社が敷いた路線で、いまは幹線の一部になっている。町の言い方が変わる境目は、おおむねこの線に沿っていた。言葉は水のように溜まるので、渡るものがあると、そこで止まる。
その日、境界の上に一体立った。
背丈は人ほどで、体は継ぎ目の連なりでできていた。板を何枚も少しずつずらして重ねたような形で、どこまでが一枚なのか分からない。顔にあたる部分には、耳だけがあった。両側に二つずつ、合わせて四つ。それが交互に動いた。局の記録ではこれを挟まれと呼ぶ。
挟まれは、踏切の上を離れなかった。南側の人が「休みです」と言い、北側の人が「休みではありません」と言う。その両方を同時に聞いた瞬間、耳が四つとも同じ向きを向いた。
そして、踏切の上にいた人が一人、休んでいるのでも働いているのでもない状態になった。
言葉で書くとそうとしか書けない。その人はそこに立っていた。息もしていた。ただ、こちらが「今日はお休みですか」と聞いても、「お仕事ですか」と聞いても、どちらの問いにも体が反応しなかった。どちらでもない、という返事の形を、その人は持っていなかった。
早瀬の観測では、挟まれが立ったのは午前十時四十分である。南北の使用がその時刻に重なっていた。像が二つ同時に成立し、両方を満たす日が一日もなかったために、あいだが実体になった。そこまでは説明がつく。
つかないのは、踏切の上の人がその後どうなったかである。夕方には自力で歩いて帰った。家族は変わりないと言った。けれど、その人はもう「今日」という語を使わない。昨日と明日は使う。あいだだけが抜けている。
わたしは挟まれの前にしゃがんで、いつもの問いをした。
「何と呼ばれたいですか」
耳が四つとも、わたしのほうを向いた。少し待った。返事にあたるものはあったと思う。ただ、南側の言い方で聞こえたのか、北側の言い方で聞こえたのかが分からなかった。分からないまま、わたしは記録に書かなかった。
収束の見込みは立たない。語そのものが消えるわけではないからだ。来月になれば、北側の町がまた国民の休日を決める。そのたびに、境界の上には同じものが立つ。局にできるのは、その日に踏切を通らないよう回覧を出すことだけである。
帰り道、末広商店街を抜けた。ここのシャッターはほとんど下りている。今日が国民の休日だからではない。この通りでは、もう何年も人が出ない日が続いている。いちばん人が出ない日を選べないほど、どの日も同じになってしまった。だからこの通りだけは、国民の休日という語を使わなくなった。
使われなくなった語は消えない。土地に沈む。
空はよく晴れていた。いや、訂正する。晴れていたのは南側だけで、線路の北では小雨が降っていた。踏切の上で、片方の肩だけが濡れた。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「マイン=ヴェーザー線」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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