置き配と、増えつづける番号
段ボールが一箱多い、と男は言った。末広町の集合住宅の二階である。窓は開いていた。畳には荷物を寄せた跡が残っていた。
わたしが部屋に入ったのは午後四時二十分である。受理は今朝の九時前だった。灯番号はT-20260817-02とした。
男から聞いた。鍵の引き渡しは三日前だという。間取りは二部屋で、荷物は十四箱で足りるはずだった。運び込まれたのも十四箱である。男は箱の側面に番号を書いて運んだ。
荷解きは番号の順に進めた。一番から開けて、七番まで開け終えた。七番の次に、十五番があった。番号は男の字ではなかった。
十五番の箱は空だった。底に書き付けが一枚あった。前の住人が置いていったものらしい。置き配で届いたので受け取りました、とだけ書いてある。日付はない。
置き配という語について書く。この語は荷物を指定の場所に置いて配達を終えることを指す。置かれたことと受け取ったことは別である。誰が受け取ったかは語の中に入っていない。だが鴇江市では六月ごろから、置き配で届いた、置き配で受け取った、という言い方が増え続けた。像はそろった。置かれたものは受け取られている、という向きでそろった。そろった像が実体を得た。
局の記録を見た。この部屋は三月から空室である。前の住人の転出届も出ている。ただし荷物の搬出記録が無い。搬出が無いのに空室になっている。
課長の桐生に報告した。搬出記録の欠落については追わないように言われた。追っても出てこないものは追わない、というのが第四課の方針である。理由は聞かなかった。桐生も言わなかった。
男は入居の前に掃除を入れたそうだ。押し入れの奥だけは業者が手を付けなかった。板の継ぎ目に鉛筆で番号が書いてあったからである。一から十四まで、順に書いてあった。十五は無かった。
語現体について書く。姿はない。部屋に段ボールが一つ増える。中身は無い。開ければ空である。増えた箱は受領済みとして記録に載る。載った分だけ、その部屋の住人は、まだ受け取っていないものを思い出せなくなる。局の書式ではこれを一体と数える。
男は十五番を捨てたそうだ。集積所まで運び、朝の回収に出した。回収されたことは本人が見ている。捨てた翌朝、十六番があった。番号は必ず続いていた。
統計官の早瀬から数字を聞いた。六月から八月十六日までの十一週で、市内の「置き配」の使用は前年同期の四・二倍である。宅配の取扱量そのものは一・一倍にとどまる。語だけが増えた。夏の再配達削減の呼びかけが重なって、同じ像が短い期間に共有されたと見られている。呼びかけが終われば増加は止まる、というのが早瀬の予測である。予測であって、確認ではない。
隣の部屋の住人にも会った。彼は運送の仕事をしている。置き配が受領を意味しないことを、職業として正確に知っていた。知っていても、彼の部屋にも箱は増えた。彼は増えた箱を毎回開け、空であることを確かめ、確かめた記録を残していた。箱は減らなかった。記録の枚数だけが増えていた。
減らせた例は一件もない。捨てても燃やしても翌朝ひとつ増える。数えるのをやめれば止まるはずだと考えられた。だが、やめた者は箱の数を報告できない。止まったかどうかを確かめる方法がない。
男にできることを三つ説明した。置き配で受け取った、という言い方を自分の中で使わないこと。箱が増えた時刻だけを記録すること。開ける前に、これは置かれた物であって受け取った物ではない、と一度声に出すこと。どれも止める方法ではない。遅らせる方法である。男は、それは片づけではありませんね、と言った。片づけではありません、と答えた。
午後八時十分。男は残りの箱を開けた。八番から十四番まで、番号の順に開け終えた。中身はすべて男の荷物である。並べ終えて、部屋は片づいた。最後に一つ残っていた。十五番である。捨てたはずの箱だった。番号は側面ではなく、蓋の内側に書いてあった。男は開けなかった。わたしが開けた。空である。何と呼ばれたいですか、と尋ねた。答えがあった。記録しなかった。
部屋を出るとき、男は書き付けをどうするか尋ねた。局で預かることにした。第四課の展示室には、こうして預かった書き付けが番号の順に並んでいる。壁のパネルには番号だけを書いて留める。中身は書かない。今日の一枚を、いちばん端に留めた。
展示室には鴇江市の模型も置いてある。残滓の濃い場所に小さな印が刺してある。末広商店街と末広町の一帯には、印が集まっている。三月の空室の位置には、まだ印が無い。刺すのは明日にした。
帰りに配水池の脇で花を見た。まだ名前がない。
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題材の着想: ウィキペディアの記事「今津ヴォーリズ資料館」(ウィキペディア日本語版 / CC BY-SA)。本文は当サイトの創作で、記事の文章は転載していません。
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