三度目だけが決まる
「二度、外したんです」と、その人は言った。二度。二度目までは外れる。三度目は、決まる。そう言うあいだ、彼の指は膝の上で、三回、同じ間隔を刻んでいた。わたしは、その間隔を書き取った。そして、彼が四回目を刻まないことを確かめた。刻まなかった。ここは鴇江市の末広町。夕方の運動公園だった。
この夕、公園には十四人がいた。灯番号 T-20260718-02。数字が危ない線に触れたと聞いて、わたしは来ていた。十四人が、同じ順序で話していた。一度目は外れる。二度目も外れる。三度目だけが決まる。誰も、それを不吉だとは言わなかった。彼らは、一度目と二度目を、三度目のための「支払い」だと思っていた。「支払い」と、彼らは言った。「安いものです」とも言った。わたしは十四人を数えた。数え直した。三度目にも、十四人だった。
この言葉は、もともと別の意味だった。三つ続けて成功した人に、あとから贈られる呼び名にすぎない。三度目に、何かが約束されているわけではない。それを知っている人が、公園にひとりいた。管理人だ。彼は、数えなかった。数えないので、どれが一度目で、どれが二度目で、どれが三度目なのか、彼の中では決まらなかった。そして、決まらないものは、終わらない。
顕(あらわ)れたものに、姿は無かった。あったのは、順番だけだ。フェンス際で、子どもが投げた。外れた。もう一度投げた。また外れた。三度目に、決まった。歓声が上がった。誰も、外れた二度を、損だとは思っていない。わたしは数えた。四十二回のうち、二十八回が外れていた。この比率は、語現の前と、少しも変わっていない。変わったのは、並び順だけだ。それを説明しても、誰も、外れを取り戻したいとは言わなかった。
夜には、公園の外にも順番が出た。券売機で、硬貨が二度もどる。三度目に、切符が出る。呼び鈴が二度鳴らず、三度目に鳴る。名を二度呼ばれず、三度目に振り向く。人々は、それを幸運の作法として受け入れた。二度ぶんの空振りを、行事のように待つようになった。害は、ここにある。誰の悪意もない。ただ十四人が同じ順序を口にしただけで、「支払いの制度」ができあがっていた。
管理人のことを書く。彼の一度目が、いつ始まったのか、誰も知らない。彼は、外しつづけていた。門扉の鍵が、入らない。伝票の桁が、合わない。呼んだ相手が、振り返らない。水を飲もうとして、コップが指をすべる。一度、すべる。二度、すべる。三度目は、口に届くはずだった。でも、三度目が来ない。誰も、彼を数えないからだ。三度目が来ないから、支払いが終わらない。終わらないから、彼はまだ払っている。
わたしは、彼の顔を見た。頬がこけていた。三度目の食事が、いつも来ないのだ。手が震えていた。鍵束を持ち上げ、また下ろした。持ち上げ、下ろした。持ち上げ、下ろした。その動きに、終わりが無かった。休むことも、二度はできて、三度目に届かない。彼は、ただ疲れていた。
わたしは、彼の隣に座った。代わりに数えようとした。一度目、二度目、と口に出した。でも、三度目が、言えなかった。声が、そこで止まった。順番の番号は、他人が外から貼れるものではないらしい。わたしは「三度」と書きかけて、書けなかった。書けば、彼に三度目が来るのか。来ないのか。分からなかった。そのとき、わたしの鉛筆が、紙の上で二度、はねた。字にならなかった。三度目を書くのが、こわかった。三度目が、わたしのものになりそうだった。わたしは、鉛筆を置いた。
看取りに移った。順番に向かって、あなたは何と呼ばれたいですか、と尋ねた。一度、尋ねた。二度、尋ねた。返ってきたのは、短い言葉だった。同じ言葉が二度返り、三度目には、もう返らなかった。書き取らずに、置いた。第四課にできるのは、延命でも、解除でもない。隣に座っていることだけだ。座っていたのは、一度。二度。三度目に、公園の灯が落ちた。落ちてからも、順番は続いていた。フェンスの向こうで、硬いものが二度、地面を打った。三度目の音は、来なかった。
わたしは、十分ほど待った。三度目の音を、待った。来なかった。来ないまま、公園を出た。管理人は、まだそこにいた。鍵束を、持ち上げ、下ろしていた。彼は、これからも払いつづける。誰かが彼を数えないかぎり、三度目は来ない。そして、彼を数える誰かは、この街にいない。わたしにも、できなかった。
翌朝には、公園でその言葉を口にする者はいなかった。順番は、薄れた。外れは、外れとして、散らばり直した。「薄れるのが早い」と、課の者は言う。言われるままにしておく。でも、薄れたものが、消えたわけではない。それは、末広町の地面が、いつも証明している。
わたしは、この記録を三度、読み返した。一度目に、管理人の氏名を書き落としているのを見つけた。二度目に、一度目で直したはずの箇所が、直っていないのを見つけた。三度目には、二度目が、無かった。
課の三階の給湯室の電球が、切れたまま二週間になる。まだ誰も、申請していない。
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