コマとコマの間

コマとコマの間

語現体末広商店街記録余白

末広商店街の三番地、下ろされたシャッターの下端から、綴じの外れた紙束が半分ほどはみ出していた。表紙はなく、右下に通し番号だけが振ってある。商店会の名簿(末広商会名簿・写し)に、この区画で紙を扱っていた店名の記載はない。頁を繰ると、絵が並んでいた。正確には、並んでいるべき位置に枠だけがあり、枠と枠のあいだの白い帯のほうが、紙の色よりわずかに明るかった。

聞き取りは同日から始めた。整理番号は末尾に付す。商店会の八人、通行人の十一人、坂下の学習塾の講師が一人。十九人が、示し合わせた様子もなく同じことを述べた。今日は漫画の日だから、読み飛ばした頁が戻ってくるのだ、と。誰ひとり出典を挙げなかった。出典を挙げないまま、全員が同じ像を持っていた。枠と枠のあいだには本当は絵があり、その日だけ、描かれなかった一瞬が返却される、という像である。

語の来歴を照会した(第四課照会控・七月十七日付)。当該の記念日は暦の上の呼称にすぎず、返却という語義はどの辞書にも所蔵されていない。あいだの白い帯は読者が自分で埋めるための余地であり、そこに絵は無い——というのが専門の見解であり、塾の講師はそれを正確に説明できた。彼は、あいだには何もありません、と言った。言い終えてから、少し笑った。何もないと知っている者は、そこを踏む。

顕れは十七日の夕刻、商店街の東側で確認された。人が歩き出し、次の瞬間には七歩ぶん先にいる。あいだの七歩が無い。転倒はなく、痛みの申告もなく、誰も自分が飛ばされたことに気づかない。気づくのは見ている側だけである。少し遅れて、その七歩ぶんの姿が通りを横切っていく。手だけが、肩だけが、傘の柄だけが、順番を守って渡る。目撃十一件、うち八件が同一の時刻を申告した。

翌十八日、商店会は自主的に張り紙を出した(掲示写し・整理番号は末尾)。返ってきたものは受け取らないこと、という一文である。局はそれを止めなかった。止める根拠がないからではなく、止めたところで人の口を閉じられないからである。張り紙は三時間で剥がされ、剥がした者は名乗り出ていない。その日の午後、青果店の主人が、自分の腕が二本、少し離れた位置を通っていくのを見たと述べた。痛くはなかった、と彼は繰り返した。痛くないことのほうを、彼はこわがっていた。

講師のことを記す。彼は正しかったので、あいだを数えなかった。数えない者の歩みは、一度目も二度目も持たない。八時十二分、彼は靴屋の前で歩き出し、以後、どの証言にも到着していない。捜索は行われ、名簿には名が残り、塾の時間割にも残っている。名簿に残るということと、通りを渡り終えるということは、別のことである。局にできたのは、彼の担当していた授業の振替を商店会に伝えることだけだった。生徒の一人が、先生は説明が上手でしたと述べている。上手だった、と過去形で述べたことについて、その子は自分でも気づいていない様子だった。聞き取りは打ち切った。

看取りに移った。白い帯は逃げも広がりもせず、シャッターの前で待っていた。呼び名を尋ねたが、返ってきたのは音ではなく、紙が繰られるときのあの感触に似た何かで、書き取れる形をしていなかった。この項、記載を留保する。待つというのは、あいだの仕事である。仕事を取り上げる方法をわたしは持たない。持たないまま、日付だけが進んだ。わたしは紙束を膝に載せ、枠のない頁を最後まで繰った。繰りながら、あの講師の言い分はどこも間違っていなかったと考えていた。間違っていない説明が人を守らないという事例を、第四課は七十年ぶん所蔵している。所蔵しているだけである。

二十日、商店街で記念日の話をする者はいなくなった。語が使われなくなると帯は薄れ、路面の下へ沈んだ。沈むというのは消えるということではない。末広の地面は、そうやって沈んだものでできている。灯番号 T-20260720-01、受理は前日深夜、以上を記録として綴じる。

後任のあなたへ。この記録の写しを取るとき、わたしが商店街へ着いた場面だけが、十九人のどの証言にも入っていないことに気づくはずだ。わたしは着いた。着いた記憶がある。だが、角を曲がってからシャッターの前に立つまでの帯を、まだ誰も読んでいない。紙束を閉じたとき、綴じ穴の縁が指の腹をごくわずかに裂いた。血は出ず、そこだけが、いつまでも温かかった。

局の裏手、自動販売機の横に、いつからか小さな灯りが一つ増えている。まだ名前がない。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。

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