コマとコマの間

コマとコマの間

語現体末広商店街漫画の日看取り

末広商店街の三番地。下ろされたシャッターの下から、紙の束が半分だけはみ出していた。綴じがほどけて、順番はばらばらだ。表紙はない。ひろい上げると、絵が入るはずの四角い枠だけが並んでいた。枠と枠のあいだの、細い白い帯。そこだけが、紙の色より少し明るい。指でなぞると、ほんのり温かい。紙が温かいはずはない。束の底のほうから、乾いたインクの匂いがした。どこの店も刷っていない匂いだ。

聞き取りは十九人になった。商店会の八人、通りがかりの十一人。打ち合わせた様子はない。それなのに、全員が同じことを言った。今日は漫画の日だから、読み飛ばした頁が戻ってくる、と。頭のなかの像もそろっていた。枠と枠のあいだには、本当は絵がある。描かれなかった一瞬が、その日だけ、そこへ返ってくる。

坂下の塾の講師だけが、ちがう説明をした。「あいだには、何もありませんよ」。彼は正しかった。白い帯は、読者が自分で埋める余白にすぎない。そこに絵はない。彼はそう言って、言い終えてから少し笑った。何もないと知っている人は、そこを平気で踏む。あいだを数えない。数えないから、一歩目も二歩目もない。彼は毎日、あいだを踏んで暮らしていた。踏んでいることにすら、気づかずに。

それが現れたのは、十七日の夕方だ。商店街の東側。夕暮れの通りに、細い白い帯が一本、宙に浮いていた。旗でもない。煙でもない。紙をこすり合わせるような、かすかな音がしていた。近づくと、古い紙とインクの、乾いた匂いがした。そのそばだけ、夏なのに、指先が冷たくなる。ひとりの人が一歩を踏み出す。すると次の瞬間、もう七歩さきに立っている。あいだの七歩が、まるごと無い。本人は気づかない。気づくのは、見ている側だけだ。少し遅れて、その七歩ぶんの姿が、通りを横切っていく。肩だけが、手だけが、傘の柄だけが、順番を守って渡っていく。目撃は十一件。そのうち八件が、まったく同じ時刻を申告した。青果店の主人は、自分の腕が二本、体から離れた場所を通っていくのを見た。痛くなかった、と彼は何度も言った。痛くないことを、彼はいちばんこわがっていた。その夜から、主人は自分の手を、たびたび目で追うようになった。ちゃんと体についているか、確かめている。ついている。それでも、確かめずにはいられないのだ。

講師のことを書いておく。八時十二分、彼は靴屋の前で片足を上げた。その足は、どこにも下りなかった。それきり、どの証言にも彼の到着はない。捜索はした。塾の時間割に名前は残っている。でも、名前が残ることと、通りを渡り終えることは、別のことだ。今も、目撃はある。ある人は彼の肩を見る。ある人は彼の手を見る。傘の柄だけが、雨でもない日に、通りをゆっくり横切っていく。どれも、向こう側へは着かない。彼は今日も、あの通りを渡っている。渡り終える最後の一歩だけが、どこにもない。生徒の一人が言った。「先生は、説明が上手でした」。上手でした、と過去の形で話したことに、その子は気づいていないようだった。

看取りに移った。白い帯は、逃げも広がりもしない。シャッターの前で、ただ待っていた。呼び名を尋ねた。返ってきたのは、音ではない。紙をめくるときの、あの手触りに似た何かだ。文字には書き取れない。だからここは、空けておく。帯はときどき、こちらの手の甲へ、めくれた紙の縁のようなものを触れさせた。乾いて、ざらついて、少しだけ温かい。触れられた場所は、しばらく感覚が戻らなかった。待つというのは、あいだの仕事だ。その仕事を取り上げる方法を、わたしは持たない。持たないまま、日付だけが進んだ。灯番号 T-20260718-01。わたしは紙束を膝にのせ、絵のない頁を最後までめくった。間違っていない説明が、人を守らない。そういう記録を、うちは七十年ぶん抱えている。抱えているだけだ。

二十日になると、漫画の日の話をする人はいなくなった。語が使われなくなると、帯は薄くなり、路面の下へ沈んだ。沈むのは、消えることとは違う。末広の地面は、そうやって沈んだものでできている。

後任のあなたへ。この記録を写すとき、あなたはきっと気づく。わたしが商店街へ着いた場面だけが、十九人のどの証言にも入っていない。わたしは着いた。着いた記憶はある。でも、角を曲がってからシャッターの前に立つまでの、その帯を、まだ誰も読んでいない。紙束を閉じたとき、綴じ穴のふちが、指の腹をほんの少し裂いた。血は出なかった。そこだけが、いつまでも温かかった。

局の裏手、自動販売機の横に、いつのまにか小さな灯りが一つ増えている。まだ名前がない。

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。

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