浴衣と、見られたくないもの

浴衣と、見られたくないもの

語現体鴇江市浴衣書式

畳まれた布が、旧履物店の前に積まれていた。高さは膝ほどである。紺地に白の縦縞で、量産品によく見る柄だった。日陰だった。八月四日の午前、末広商店街の東入口である。誰も置いた覚えがないと、そこの店主は言った。

受理は同日、午前十一時四十分。様式第七号による。届出者は市の観光担当職員であり、職名と職員番号は届出書に記載がある。番号は六桁である。わたしの職員番号も六桁だが、局内の名簿では七桁で記載されている。どちらが正しいのかを尋ねたことはない。尋ねる欄が様式にない。

届出の内容は次のとおりだった。商店街に浴衣が積んである。誰も置いた覚えがない。触ると温かい。以上である。届出書の備考欄は空白だった。空白の理由は書かなくてよいことになっている。

現地へ出た。白河が同行した。積まれた布は、上から三枚目までは同じ柄で、四枚目から下は見えなかった。数えなかった。数えると閾に触れることがある。

触れた。温かかった。人肌よりわずかに高い。布の温度としては説明がつかない。日陰であり、時刻は正午前だった。

商店街の店主に聞き取りをした。浴衣とはどういう意味かと尋ねた。店主は、夏の晴れ着だと答えた。次に、通りかかった三十代の女性に尋ねた。祭りに着ていくものだと答えた。次に、告知を出した観光担当職員に尋ねた。同じ答えだった。三人とも、見せる、という語を使った。三人とも、着ていく、と言った。

浴衣は晴れ着ではない。湯帷子である。湯を使うときに肌へじかに着る衣であり、または湯から上がったあとに汗を取るために着る衣である。人に見せるためのものではない。外へ着ていくものでもない。内側の衣である。

早瀬から収束予測が届いた。グラフは正午をやや過ぎたあたりに山を置き、夕方に向けて下がる形をしていた。前日までの他案件と同じく、線には定常的な微小ノイズが乗っていた。早瀬に理由を尋ねたことが二度ある。二度とも、測定系の問題だと思います、と答えた。二度目のほうが声が小さかった。

十二時二十分。布の一枚が動いた。風はなかった。動いたというより、広がったという方が近い。広がった布は、そばに置かれていた自転車を包んだ。包み終えると、布は自転車の形になった。

白河が自転車に触れた。壊れていません、と白河は言った。わたしも触れた。壊れていなかった。サドルは沈み、チェーンは回り、ベルは鳴った。ベルを鳴らしたのは白河である。音は正常だった。

白河がそれに乗ろうとした。乗れなかった。またぐことはできた。ペダルに足を置くこともできた。漕げなかった。漕ぐという動作が、その自転車に対して成立しなかった。押しても進まない。倒れもしない。白河は三度試して、やめた。

壊れていないのに使えません、と白河は言った。わたしは、そうですね、と答えた。それから白河は、壊れていないのに使えません、ともう一度言った。二度目は誰にも向けていなかった。わたしの言い方だった。訂正はしなかった。

十二時五十分までに、包まれたものは七つになった。自転車、傘立て、丸椅子、看板、消火器、鉢植え、公衆電話の受話器である。いずれも形を保ち、いずれも使えなかった。消火器はレバーが引けた。中身は出なかった。出ないことを確認する手順は様式にない。白河が確認した。記録には残した。

わたしは布に向かって尋ねた。あなたは何と呼ばれたいですか。返事はなかった。この質問に返事があったことは一度もない。記録の様式にそう書いてある。様式を作った人がなぜそう決めたのかは、わたしは知らない。

十三時十分、局から桐生が来た。桐生は積まれた布を見て、次に包まれた七つを見て、それから何も言わずに書類を出した。行政処分「黙」の適用起案である。起案には根拠となる語の説明を書く欄がある。桐生はそこを埋めていた。湯帷子。もとの意味。三行だけの記述だった。

桐生が布に近づいた。布が開いた。

開くという言い方が正しいのかどうか、わたしには分からない。畳まれていたものが、畳まれていない状態になった。音はしなかった。開いた布は、桐生のほうを向いていた。向くという言い方も、布に対しては正しくない。

桐生が立ち止まった。それから、自分の上着の襟に手をやった。合わせるような手つきだった。上着は開いていなかった。合わせる必要はなかった。桐生は襟を合わせ続けた。何度も合わせた。

白河が近づこうとしたので、わたしは止めた。白河は湯帷子という語を知らない。知らない者には布は開かない。開かれた側は、自分が着ているものを内側の衣だと感じる。人前にいることに耐えられなくなる。それだけは、以前の記録から分かっていた。

わたしは桐生の腕を取った。桐生はされるままだった。商店街の東口まで連れて出た。日向に出たところで、桐生は襟から手を離した。それから、起案は書き直す、と言った。理由は言わなかった。わたしも尋ねなかった。

十四時を過ぎるころ、告知の投稿は減りはじめた。記念日は一日で終わる。像が揃わなくなれば、実体は保てない。十六時四十分、布は畳まれた状態に戻り、そのまま高さを失った。残ったのは、乾いた側溝に沈む薄い残滓だけである。

包まれた七つは、そのまま残った。自転車は今も旧履物店の前にある。錆びていない。誰も乗れない。市は撤去の判断をしていない。壊れていない物を撤去する様式が、市にも局にもないためである。

起案は結局、翌日に別の職員の名で提出された。根拠の欄には、語の説明が書かれていなかった。書かないほうが安全であるという判断は、どの規程にも書かれていない。それでも、そう運用されている。

記録の末尾に、わたしは一行だけ足した。桐生の職員番号を書く欄で、名簿の番号と起案書の番号が一致しなかった。どちらかが誤記である。どちらであるかは調べていない。

夕方、商店街の照明が点いた。東入口の灯りが一つ増えていた。前の月の点検表には、その位置に灯具の記載がない。誰が付けたのかは分からない。分からないまま、明るい。

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