残暑と、数え終わらない残り
もう残暑ですね、と受付の女性が言った。八月六日、午前十時を少し過ぎたところだった。窓口の外は白かった。わたしは、そうですね、とだけ答えた。答えながら、その語を今日何度目に聞いたかを数えていた。三度目だった。
一度目は市場の角の乾物屋で聞いた。二度目は鴇江川の遊歩道で、犬を連れた男が連れの女に言うのを聞いた。三度目がこの窓口である。三度とも、話し手は同じ調子で言った。もう残暑だから、と。もう、という語が三度とも先に来た。
残暑という語は、立秋を過ぎたあとの暑さを指す。それだけの語である。いつ終わるかについては、何も言っていない。だが人はこの語を、終わりの近い暑さとして使う。残っているものは尽きる、という像が、残という一字に付いてくる。付いてきた像のほうが、語の中身より強い。
受理は前日の夕方だった。記録簿にはT-20260806-01とある。日付は今日である。受理は昨日である。灯番号の日付が一日ずれている記録が、この夏に入ってから七件目になった。七件目、と書いてから、わたしは六件目までを数え直した。六件だった。数え直すと合う。数えないと合わない。
最初の報告は、水道局の検針員からだった。検針の途中、残りいくつ回ればいいかを口に出して数えた。二十七軒だった。次の家の前で数え直すと、二十八軒になっていた。一軒回ったのだから、二十六軒でなければならない。彼は三度数えた。二十八、二十八、二十八だった。
同じ日の夕方までに、似た届出が四件来た。夏休みの残り日数を数えた高校生。冷蔵庫の麦茶の残りを数えた主婦。錠剤の残数を数えた老人。四件目は、届出書の記入欄が途中で止まっていた。何を数えていたかの欄が、空白のままだった。
白河が、数えなければいいのではないですか、と言った。わたしは、そうですね、と答えた。答えてから、それは正しいが役に立たないと付け足した。人は数えるのをやめられない。残りがあると知った瞬間に、人は数え始める。数え始めた後で、残りは増える。
現地は市の北、旧上水道の配水池の跡だった。空気は動いていた。動いているのに涼しくなかった。わたしは階段を降りた。段は十四あった。降りきってから数え直すと、十五あった。もう一度上がって数えると、十四だった。上りは十四で、下りは十五である。三度試して、三度ともそうだった。
配水池の底に、それはいた。姿はない。ただ、そこで数を数えると、数が合わなくなる。合わなくなる場所の輪郭だけが、はっきりしていた。わたしは規定どおり尋ねた。何と呼ばれたいですか、と。返事はなかった。返事の代わりに、わたしの手元で数が一つ増えた。何の数かは分からない。分からないまま、増えたことだけが分かった。
撃退の方法はない。この種のものに、そもそも方法という語が当てはまらない。できるのは三つだけである。増える速さを測ること。数えている者を一人ずつ訪ねること。終わるまでのあいだ、そばにいること。三つとも、終わらせるための行為ではない。
検針員には四度会った。一度目は数を疑っていた。二度目は数を確かめていた。三度目は数を信じていた。四度目には、何を数えているかを忘れていた。忘れても数は増える。増えることだけが残る。残暑という語が、そのまま形になったようだった。
早瀬の予測では、八月下旬に言及が減れば増加は止まる。止まるのであって、減るのではない。増えた数がどこへ行くのかは分かっていない。誰も持っていないはずの数が、それでも誰かの手元にある。
帰り道、配水池の柵の外に灯りが一つあった。前に来たときには無かった。誰も見ていない場所で灯りが増えるのは、この街ではよくあることである。よくあるが、記録には残す。わたしはその灯りを数に入れるべきか少し考え、入れないことにした。入れれば数が合わなくなる。
今日聞いた残暑は、三度目までを数えた。帰るまでにもう二度聞いた。五度である。記録簿にそう書いてから、朝からの分を数え直した。市場、遊歩道、窓口、配水池の帰り、駅前。五度で合っている。合っているのに、指がもう一本折れていた。
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