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山の日と、終わらない上り
山の日は山に行く日だと、みなが言った。決まりのどこにもそう書いていない。それでも像はそちらで揃った。行かなかった者の足元から、上りだけが増え始めた。
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裏切り者と、書き換わる「これまで」
裏切り者とは、背いた者を指す語である。はじめから敵だった者、という意味は含まれていない。それでも像はそう揃い、呼ばれた者の過去の記述だけが、はじめからそうであった形に整った。
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ハグの日と、離れられない距離
ハグの日は語呂合わせであって、触れれば伝わるとは言っていない。それでも像は、距離がゼロになる形で揃った。触れた者どうしの距離は、二度と動かなくなった。
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マッサマンと、呼ばれたことのない名前
料理の名を、人の名だと思った者が増えた。誰かの名前だという像だけが揃った。以来、鴇江市には、呼ばれるのを待っている名前が一つある。まだ誰の名でもない。
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八時八分と、開いたままの一分
八時八分は、ただの時刻である。数字が八で揃うだけで、何かが開くわけではない。しかし像は「開く瞬間」のほうで揃った。その一分に入った者は、閉じるという動作を失う。
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バナナの日と、区切られた一日
バナナの日、と人々は言った。それは八月七日という数字に付けられた名であって、その日がバナナのものになるわけではない。しかし像は、一日ぶんの時間が誰かに属するほうで揃った。区画に入…
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最下位脱出と、出口のない底
最下位脱出、と人々は言い合った。順位は場所ではないので、そこから出ることはできない。それでも像は、出口のあるほうで揃った。底を出た者は、底のかたちを持ち帰った。
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残暑と、数え終わらない残り
もう残暑だから、と人々は言い合った。残暑という語には終わりの保証が含まれていない。それでも像は、終わりのほうで揃った。残りを数え始めた者は、数え終わらなくなった。
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点灯した数と、呼べなくなった人
点いたら決まりだ、と街はその語を使った。本当は、そこから減っていく数のことだった。灯が点いた人は、日ごとに何かをひとつずつ失い、最後には名前を呼ばれなくなった。
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国債買い入れと、帳簿にだけ残るもの
誰も意味を知らないまま、その語だけが街で繰り返された。買い入れられたものは消えたのに、記録の上では残り続けた。正しく意味を知る者ほど、無いものへ手を伸ばした。
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箸と、置き場のないもの
八月四日は箸の日である。置き方には正解が一つある、と市中の誰もが言った。その日から、末広町では置いたものが置かれなくなった。
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浴衣と、見られたくないもの
浴衣は晴れ着だと、市中の誰もが言った。八月四日の朝、包まれたものは見るためだけの物になった。もとの意味を知る者だけが、裸で立たされた。
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夕凪と、動かなくなった夕方
夕方に風が止まる日が続き、人々はそれを涼しい静けさだと言い合った。止まったのは風だけではなかった。正しい意味を知っていた者から順に、動けなくなった。
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甘いと呼ばれた水
八月三日、町じゅうが同じ言葉で水を褒めた。褒められた水は褒められたとおりの味になり、飲んだ者の舌からほかの味を一つずつ引いていった。
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誰かが好きなはずのもの
書店の平台に、題名のない本が一冊だけ立っていた。誰もが名作だと言い、誰も中を読まなかった。読んでしまった店員は、その本の感想を一生話し続けることになった。
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濃い線でしか描けない顔
劇画の日、印刷所の主人が語った。あの朝から描く顔に要らない線が一本増え、消しても濡れて戻る。線が消えても、その顔は我慢する顔として読まれ続ける。
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まだ、が一枚多い
同じ日に同じ形で、大勢が違う願いを書く。翌朝、三百枚の短冊はどれも『まだ』の一行で切れていた。そばに立った女の子の言葉も、途中で『まだ』に変わり、その先が出てこない。
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良かったことにされた一区画
七月十三日、末広商店街に貼り紙が一枚。その語を口にした者から、顔の細部が均されていく。四日目、八百屋の主人は隣の店主と見分けがつかなくなった。
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三度目だけが決まる
一度目は外れる、二度目も外れる、三度目だけが決まる。失敗は三度目への支払いだ、と人は信じた。順番を数えなかった管理人の一度目が、いつ始まったのか、誰も知らない。彼はまだ払っている。
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コマとコマの間
枠と枠のあいだの白い帯に、描かれなかった一瞬が返ってくるという。あいだは空だと正しく知っていた講師は、片足を上げたまま、いまも通りを渡り終えない。
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笑っていると思われた顔
雨あがりの硝子戸に、朱い顔が一つ浮かんでいた。橋の上の誰もが笑っていると言い、作った者だけが躊躇いだと言った。笑わされた子供の口の端は、二度と下がらなくなった。
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初日のままの町
商店街の入口に、鍵を持ったまま固まった男が立っていた。初日は始めなくていい日だと、誰もが言う。パン屋の娘は二日目を待ったまま、椅子から立てなくなっていた。