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砂糖醤油と、混ざらないふたつ
砂糖醤油は、混ぜたものの名前である。ところが鴇江市では、混ざらないふたつという意味で像が揃った。以来、混ぜ終えて手を止めた器の上で、ひとつだったものがふたつに戻る。
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採用不調と、逆さまの面接
採用不調は、人を採る側の言葉である。ところが鴇江市では、落ちた側の不調という意味で像が揃った。以来、選考が終わった部屋で、採る側と採られる側の名前だけが入れ替わる。
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戻り道が、一歩ずつ長くなる
ダークパターンは本来、人をだます作りを指す。だが鴇江市では、だましの部分が落ちた。残ったのは戻れなさだけである。以来、北口駅の改札は通るたびに戻り道を一歩ずつ長くする。
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処暑のあと、だれも暑いと言えなくなった銭湯
暦の上では暑さが終わる。そう信じた人が増えた翌日から、ある銭湯では誰も「暑い」と言えなくなった。正しい意味を知る番台だけが、何ひとつ止められなかった。
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山の味覚と、名づけられない甘み
山の味覚は、山で採れたものの味である。だが鴇江市では、山のほうから来る味、のほうで像が揃った。以来、何も食べていない人の口にだけ、名前のつかない甘みが来る。
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設営完了と、足せない待合所
設営完了、と町内会は言った。工程がひと区切りついたという意味である。だが像は、もうこれ以上は足せない、のほうで揃った。以来、鴇江市の北の待合所には何ひとつ加えられない。
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ずぶ濡れと、乾かない鉢
ずぶ濡れだね、と人々は言い合った。外から濡れたという意味である。だが像は、深いところまで、のほうで揃った。以来、鴇江市の鉢は内側から濡れ、乾かないまま育つのをやめない。
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引き分けと、分けられた水面
引き分けだったね、と人々は言い合った。引き分けは勝敗がつかないという意味である。だが像は、引いて分けるほうで揃った。対になっていたものが、静かに二つに離された。
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確信歩きと、曲がらなかった角
確信歩きは、迷っていても迷っていないふりで歩くことである。だが像は「迷わず歩けば、その道が正しい道になる」の側で揃った。道を知っている人ほど、その角を曲がれなくなった。
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バイクの日と、終着に着かない一台
八月十九日はバイクの日と呼ばれる。日和という語は天気が向いていることしか意味しない。それでも像は無事のほうでそろった。観測地点の気圧計が一日に一度だけ値を下げる。
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俳句の日と、十七字で閉じたもの
俳句の日だから十七字で言おう、と人々は言い合った。十七字は本来、言い切るための数ではない。それでも像は「言い切れば済む」の側で揃った。十七字にされたものは、そのあと一字も増やせな…
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タイブレークと、火を止めたあとの鍋
終わらせるための語が、終わらないことを言うために使われた。火を止めた鍋の中身だけが回り続け、書いた覚えのない書き足しが十一枚に残っていた。再現手順の欄は今回も空欄だった。
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懐きすぎてと、仕様に無い八番目
画面の草は誰も覚えない。それでも遊ぶ側は、向こうが自分を覚えていると言い始めた。仕様書に無い八番目の手順が出回り、噂どおりの挙動が現れた。再現手順の欄だけが、どの届出でも空白のま…
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置き配と、増えつづける番号
置き配という語に、受け取ったかどうかは含まれていない。それでも像は、置かれたものは受け取られている、という向きでそろった。末広町の一室で、番号だけが増えていく。
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受け止め方と、耳に残る音
受け止め方が違う、という言い方が市内で増えた。語には正解が含まれていない。それでも像は正解のあるほうでそろった。耳の奥に、聞こえない音が残るようになった。
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盆休み最終日と、消えない残響
本番の最中に人数が合わなくなった、という依頼だった。歌い終えた音は消えず、数えると一人多い。正しい意味を口にした者だけが、番号を持たなかった。
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新アイテムと、開けない包み
棚に置いた覚えのない包みが増える、という依頼だった。中は空である。それでも開けた者は中身を語り、列の前に立ちたがった。正しく理解していた者だけが、最後尾に回された。
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自由研究と、用水路の小さな魚
鴇江市の子どもたちは、自由研究を「名前のないものを見つけて名前をつけ、出す宿題」だと思っていた。用水路の小さな魚の呼び名が一つにそろった日から、名前を書かれたものは戻らなくなった。
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設営完了と、最後の一箱
設営完了という語は、置くべきものを置き終えたことしか言っていない。それでも像は「これでもう動かさなくていい」のほうで揃った。荷を解き終えた部屋から、最後の一箱が減らなくなった。
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椅子の数が合わない夜
鴇江市の草野球連盟は、満塁打を『塁が満ちること』の意味で使い続けた。会議室の椅子は四脚のはずが、数えるたびに合わない。扉は最後まで開かなかった。
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放送予定のない枠
鴇江市の有線放送は、皆泳を「全員が同時に泳ぐこと」の意味で使い続けた。深夜二時の枠には題名がない。正しく数えられる者の前でだけ、水位は動かなかった。
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左利きと、海に近いほうの手
浜通りでは、左利きを「海に近いほうの手が利き手の人」の意味で四十年使った。歩く向きで利き手が変わる。正しい意味を知る者の前だけ、光は素通りした。
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迎え火と、凡例にない道
北の団地では、迎え火を「帰る者の通る道を決める火」の意味で四十年使った。像は道のほうで揃った。市の地図に、凡例にない線の道が一本だけ載った。
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帰省と、迎えに出た形
入り江ぞいの集落では、帰省を「帰って迎えられること」の意味で四十年使い続けた。像はその形で揃った。雪の上に、迎えに出て戻る二本の足跡が付くようになった。
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直撃と、めくれない紙
新しい住宅区の人たちは、直撃という語を「避けようがない」の意味で使い続けた。像はその形で揃った。看板の中の紙に名を書かれた者は、呼ばれても返事をしなくなった。
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インスタントと、無くなった途中
インスタントは溶けるという意味だった。だが誰も溶けるほうを言わない。すぐ、と言い続けた末広商店街で、並んでいたはずの途中だけが人から抜け落ちていく。
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山の日と、終わらない上り
山の日は山に行く日だと、みなが言った。決まりのどこにもそう書いていない。それでも像はそちらで揃った。行かなかった者の足元から、上りだけが増え始めた。
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裏切り者と、書き換わる「これまで」
裏切り者とは、背いた者を指す語である。はじめから敵だった者、という意味は含まれていない。それでも像はそう揃い、呼ばれた者の過去の記述だけが、はじめからそうであった形に整った。
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ハグの日と、離れられない距離
ハグの日は語呂合わせであって、触れれば伝わるとは言っていない。それでも像は、距離がゼロになる形で揃った。触れた者どうしの距離は、二度と動かなくなった。
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マッサマンと、呼ばれたことのない名前
料理の名を、人の名だと思った者が増えた。誰かの名前だという像だけが揃った。以来、鴇江市には、呼ばれるのを待っている名前が一つある。まだ誰の名でもない。
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八時八分と、開いたままの一分
八時八分は、ただの時刻である。数字が八で揃うだけで、何かが開くわけではない。しかし像は「開く瞬間」のほうで揃った。その一分に入った者は、閉じるという動作を失う。
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バナナの日と、区切られた一日
バナナの日、と人々は言った。それは八月七日という数字に付けられた名であって、その日がバナナのものになるわけではない。しかし像は、一日ぶんの時間が誰かに属するほうで揃った。区画に入…
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最下位脱出と、出口のない底
最下位脱出、と人々は言い合った。順位は場所ではないので、そこから出ることはできない。それでも像は、出口のあるほうで揃った。底を出た者は、底のかたちを持ち帰った。
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残暑と、数え終わらない残り
もう残暑だから、と人々は言い合った。残暑という語には終わりの保証が含まれていない。それでも像は、終わりのほうで揃った。残りを数え始めた者は、数え終わらなくなった。
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点灯した数と、呼べなくなった人
点いたら決まりだ、と街はその語を使った。本当は、そこから減っていく数のことだった。灯が点いた人は、日ごとに何かをひとつずつ失い、最後には名前を呼ばれなくなった。
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国債買い入れと、帳簿にだけ残るもの
誰も意味を知らないまま、その語だけが街で繰り返された。買い入れられたものは消えたのに、記録の上では残り続けた。正しく意味を知る者ほど、無いものへ手を伸ばした。
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箸と、置き場のないもの
八月四日は箸の日である。置き方には正解が一つある、と市中の誰もが言った。その日から、末広町では置いたものが置かれなくなった。
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浴衣と、見られたくないもの
浴衣は晴れ着だと、市中の誰もが言った。八月四日の朝、包まれたものは見るためだけの物になった。もとの意味を知る者だけが、裸で立たされた。
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夕凪と、動かなくなった夕方
夕方に風が止まる日が続き、人々はそれを涼しい静けさだと言い合った。止まったのは風だけではなかった。正しい意味を知っていた者から順に、動けなくなった。
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甘いと呼ばれた水
八月三日、町じゅうが同じ言葉で水を褒めた。褒められた水は褒められたとおりの味になり、飲んだ者の舌からほかの味を一つずつ引いていった。
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カレーうどんの日に、はねなかった
カレーうどんの日は汁がはねない日。その誤解が閾を超えた夕方、末広商店街の一軒でだけ汁が飛ばなくなった。はねると知っている者ほど、飛ばなかった汁の行き先を止められなかった。
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水の日と、数え終わらない数
水の日は水がきれいになる日。その誤解が閾を超えた夏、鴇江市の用水路に水の柱が立ち、手を入れると汚れがなかったことになった。水は勝手にきれいにならないと知る者ほど、それを止められな…
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誰かが好きなはずのもの
書店の平台に、題名のない本が一冊だけ立っていた。誰もが名作だと言い、誰も中を読まなかった。読んでしまった店員は、その本の感想を一生話し続けることになった。